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2020/03/23 14:20:00 宮武辰夫コレクション展 ~紹介その3~

  • Category展覧会
  • Posted by東上
今朝の哲学の道の桜並木の周辺の空気は、ぼんやり桜色を纏っていて美しかったです。
やたら「の」が多かったですね。東上です。

展覧会紹介〜その3〜をお届けします。

「宮武辰夫コレクション展 〜『世界原始藝術図集』から〜」

小原豊雲記念館よりご寄贈いただきました「宮武コレクション」の中でも台湾の資料は約2割をしめます。その中でも、パイワン族の資料は約90点ほどです。
前回のブログでも紹介がありました台湾の資料は数多く展示しておりますので、もう少し紹介したいと思います。

宮武辰夫が台湾を訪れたのは、1918年(大正7)に7回(アミ、パイワン、タイヤール、ブヌン族)と1935年(昭和10)に紅頭嶼(ヤミ族)と数多い。また、1936年(昭和11)から東印度諸島へ向かう際も、途中台湾へ立ち寄っています。宮武にとって台湾は、さらなる原始藝術研究の旅に駆られた場所に違いないでしょう。


パイワン族の木匙(きさじ)
“食物の精霊の力によって人は生命をつなぎ、子供も殖えて行くと信じて居る彼等の間では、そうした食物を運ぶ匙類にも、その機能を念願した彫刻が施されてある。…”

パイワン族の盾
“パイワン族にとって蛇は守護神である祖先である。特に猛毒を持つ百歩蛇なんかは、噛まれると百歩も歩まない間に生命をとられるとまで云われている毒蛇であるが、彼等はそうした毒蛇――強い人間を一噛みで殺してしまう程に強い蛇には一層畏敬の念をもって信仰している。”

ヤミ族の女の禮帽(れいぼう)
“台湾の東南五十海里の洋上にのみ住むヤミ族は、些の文化の浸潤もなく、往古の秘俗をさながらに伝えているが、そこには又珍奇な壺や織物木彫りなどが見られる。この女の禮帽もそうしたものの一つであるが、勿論一つの木材を刳り削ってつくったものである。…用途は祭禮とか隣村などへ出かける時にこれをかぶって居るが、なかなか重いものである。中にはこの表面に銀貨を打ち伸ばしたものを張り付けたものも見かけるが、皆悪魔妖靈を除ける呪からである。”


アミ族の傳令鈴(でんれいすず)
“台湾東岸のアミ族の間には…一朝事の起った場合、急は先づその青年宿泊所に告げられる。これを聞いた青年はこの鈴を腰にさして村中を走って山間に点在する家々にその鈴の音によって急を告げるのである。…その傳令の意味はその腰のふり方によって異なる鈴の音色で、今起った急事の性質を知るのであるが、如何にも原始社会での必須性をもった大切なものに違いない。”

(世界原始藝術図集より抜粋)



図集からもわかるように、普段使うものへの祈り、強い力を畏れ敬う心、目に見えない力への呪い(まじない)は、生活への必然性であり、純粋で素直な信仰そのものであり、それらが強烈な美の力を以って宮武の心を射止めたのでしょう。

展覧会にあたり資料整理をお手伝いした時に、宮武コレクションを目にした私ですが、禮帽を初めて見た時は、重すぎてまさか帽子とは思わず、盆を初めて見た時は、窪みはあるけれどまさか盆とは思わず、盾は帽子と兼用だと言うし、図集と読み進めるとともに私たちの思い込みが全く通用しない驚きの連続でした。




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写真①上の左右:台湾生蕃の衣装、下の左右:パイワン族の酒杯、パイワン族の盾・パイワン族の木椀・酒杯・盆、右上の写真左下:パイワン族のパイプ
写真②左上・中央左:パイワン族の連杯部分、中央:生蕃の火薬入れ、中央右:パイワン族の木製精霊文櫛、下:パイワン族の木匙
写真③上:台湾ヤミ族のいろいろ(争闘士像、守刀、舟の模型、芋掘り棒)、左下:ヤミ族の女の禮帽、右下:アミ族の伝令鈴

  • 写真①
  • 写真②
  • 写真③

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