2018/09/18 18:40:00 ベトナム世界遺産と博物館によるまちづくり調査~世界遺産ホイアン
館長ブログ
ミナミ
館長のミナミです。
国際文化資料館の南が研究代表の「第1回ベトナム世界遺産と博物館によるまちづくり調査」は、9月10日台風とタンカー事故で閉鎖中の関空に替わって、羽田着で全員無事に帰国しました。旅行社の的確な手配もあって延泊することなく帰国できました。
さて、ベトナム世界遺産と博物館によるまちづくり調査の最後は、ホイアンとフエ。どちらも世界遺産のまちです。
とくにホイアンは今回の調査の目的のメインで、ホイアンの世界遺産の街並み保全と活用について調べる(とりあえずは見て歩くだけですが)ことでした。ホイアンは16世紀広南国の外港として栄えました。川に面した古民家の並ぶ旧市街が世界遺産に指定されています。この周辺は、車通行できないエリア(バイク多いので安心はできませんが)になっていて、木造古民家、博物館等に活用された古民家、市場、お土産屋、カフェ、レストランが並んでいます。来遠橋(いわゆる日本橋。1593年に日本人によってかけられました)も観光スポット。近世初頭、日本人(京都の後藤、田中、茶屋の三家が有名)は活発に東南アジアと交流しました(朱印船貿易)が、ホイアンはその中心地で日本人街もありました。その後、徳川幕府の鎖国政策によって歴史の表舞台からは消えてしまいます。
しかし、45年前に日本とベトナムの外交関係が樹立されて以来、近年ふたたび日本とのつながりが盛んになっています。2003年以来、毎夏に開催されているホイアン日本祭は、日本からも多くの団体が参加する両国の交流を代表する活動になっているようです。
こうした活動の背景には、たとえば日本の昭和女子大学の考古学の先生方が20年を越える考古学調査活動を行ってこられたことなど息の長い現地との交流関係があります。国際文化資料館が行っている中米での「考古学と博物館を仲介者とした実践的地域研究」やウズベキスタン「世界遺産ヒヴァにおける住民との協働による持続可能な世界遺産の研究」だけでなく福井県越前町での「熊谷フィールドミュージアム活動」もまだまだこれからがんばらないといけなあと思いました。
振り返ればあっという間の12日間の調査でした。参加した学生諸君にとっても何かを学んでくれたのではないと期待しています。二名からの参加記については、このあと適宜発信していきます。お楽しみに!!!!
国際文化資料館の南が研究代表の「第1回ベトナム世界遺産と博物館によるまちづくり調査」は、9月10日台風とタンカー事故で閉鎖中の関空に替わって、羽田着で全員無事に帰国しました。旅行社の的確な手配もあって延泊することなく帰国できました。
さて、ベトナム世界遺産と博物館によるまちづくり調査の最後は、ホイアンとフエ。どちらも世界遺産のまちです。
とくにホイアンは今回の調査の目的のメインで、ホイアンの世界遺産の街並み保全と活用について調べる(とりあえずは見て歩くだけですが)ことでした。ホイアンは16世紀広南国の外港として栄えました。川に面した古民家の並ぶ旧市街が世界遺産に指定されています。この周辺は、車通行できないエリア(バイク多いので安心はできませんが)になっていて、木造古民家、博物館等に活用された古民家、市場、お土産屋、カフェ、レストランが並んでいます。来遠橋(いわゆる日本橋。1593年に日本人によってかけられました)も観光スポット。近世初頭、日本人(京都の後藤、田中、茶屋の三家が有名)は活発に東南アジアと交流しました(朱印船貿易)が、ホイアンはその中心地で日本人街もありました。その後、徳川幕府の鎖国政策によって歴史の表舞台からは消えてしまいます。
しかし、45年前に日本とベトナムの外交関係が樹立されて以来、近年ふたたび日本とのつながりが盛んになっています。2003年以来、毎夏に開催されているホイアン日本祭は、日本からも多くの団体が参加する両国の交流を代表する活動になっているようです。
こうした活動の背景には、たとえば日本の昭和女子大学の考古学の先生方が20年を越える考古学調査活動を行ってこられたことなど息の長い現地との交流関係があります。国際文化資料館が行っている中米での「考古学と博物館を仲介者とした実践的地域研究」やウズベキスタン「世界遺産ヒヴァにおける住民との協働による持続可能な世界遺産の研究」だけでなく福井県越前町での「熊谷フィールドミュージアム活動」もまだまだこれからがんばらないといけなあと思いました。
振り返ればあっという間の12日間の調査でした。参加した学生諸君にとっても何かを学んでくれたのではないと期待しています。二名からの参加記については、このあと適宜発信していきます。お楽しみに!!!!
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シルクロード陶磁美術館から望むホイアンのまちなみ
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ホイアン日本橋。来遠橋という名称は「友遠方より来る」の詩からつけられた名称だそうです。
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夕方、小舟に乗って土器づくりの村を訪ねてきました。帰路はちょうどホイアン名物「灯籠流し」が始まっていてなかなかの雰囲気でした。






