| HOME > 展示目録 > 第1部. 日本論としてのキリスト教布教報告書類 > 2.ポルトガル人が著してポルトガル国外で刊行された書物 |
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| 本書はイエズス会宣教師のルイス・フロイス(Luis Frois, 1532-1597)の書き送った書簡を3点纏めたものである。 1587(天正15)年、関白の地位にあった豊臣秀吉は諸外国の領土拡張策を恐れ、九州征伐終了後に「伴天連追放令」を発布した。しかし、その後も南蛮貿易を隠れ蓑にしてイエズス会やフランシスコ会、アウグスチノ会、さらにはドミニコ会などの宣教師の日本潜入が相次ぎ、この禁教策は事実上失敗に終わっていた。こうした中、1596(慶長元)年にスペイン商船サン・フェリペ号が土佐に漂着し、その積荷は没収され大坂城へ送られた。これを契機に秀吉はミヤコ(京都)と大坂の宣教師及び信者24名を捕らえて死刑を宣告した。そして、これらのキリシタンは長崎に送られ、途中で加えられた2名と共に、1597年2月5日(旧暦では慶長元年11月15日)に磔刑が執行され、26名が殉教した。 本書はこの所謂「26殉教聖人」についての報告である「26殉教者の輝かしき死」と題した書簡を筆頭に、「中国からの日本への使節」「1596年日本通信」の3部が収められた1596年の日本での出来事を記述したものである。第1部「26殉教者の輝かしき死」は、1章から14章と最終章の計15章からなり、26聖人殉教の詳細が丹念に綴られている。第2部は中国の使節が1596(慶長元)年に太閤秀吉の許を訪れた様子や、日本側の受け入れ方などが記され、第3部は天草、大村、島原、長崎などでの1596年の布教の様子が記されている。 なお、本書はモグンティア(Moguntia)、すなわちドイツのマインツ(Mainz)で刊行されたもので、前年に刊行されたイタリア語版からラテン語に翻訳されたものの初版である。 |
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