HOME > 展示目録 > 第1部. 日本論としてのキリスト教布教報告書類 > 1.ポルトガル人が著してポルトガル国内で刊行された書物



CARDIM, Antonio Francisco

Batalhas da Companhia de Jesus na sua gloriosa provincia do Japão
Lisboa, 1894.


カルディン『日本管区におけるイエズス会の輝かしい闘争』

 アントニオ・カルディン(Antonio Francisco Cardim, 1596-1659)の残した三つの著作の中でも最も遅い時期に刊行されたこの作品は、リスボンにある科学アカデミー図書館に人知れず眠っていたカルディンの未刊の原稿を、ポルトガルの地理学者ルシァノ・コルデイロ(Luciano Cordeiro, 1844-1900)が発見し、リスボン地理学会の第10回東洋学国際会議で発表したものである。カルディン自身は日本の土を踏むことはなかったが、1615年以降は日本と同じ管区にあった東南アジア各地で布教にあたり、日本における殉教に多大な関心を寄せていた。
 本書には、イエズス会宣教師による布教が広まるにつれ、日本布教のために次々と宣教師が任命されるようになり、安土・桃山時代の末期から江戸時代の初頭にかけて15万人あまりの日本人が洗礼を受けたこと、1597(慶長2)年に秀吉が長崎でキリシタンを処刑した殉教事件、所謂「26聖人殉教」が起きて以来、日本でのキリスト教の迫害が急激に厳しくなっていったことなどが記されている。
 また、日本管区に含まれていたシャム(タイ)でのイエズス会の活動についても触れ、同地で活躍した山田長政がシャムの内戦・外征で功を立てるが、シャム王室の王位を狙うオーヤー・カラホム(Oya Caloom, ?-1656, 正式名プラーサートトーン)が長政を左遷に追いやったことや、それまで繁栄していた日本町が焼き討ちに遭い、それに伴いイエズス会のシャムでの布教拠点が縮小し、同地でのイエズス会士の居場所がなくなっていったことなどが書かれている。


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