本書はフランシスコ・ザビエルの説教の記録である。1541年の4月7日、35歳のザビエルはインドを目指してリスボンを出航し、アフリカ大陸最南端の喜望峰に向かった。この説教がおこなわれたサントアンタン(Santo Antão)島はアフリカ西岸沖に位置し、当時ポルトガルの勢力下にあったカーボヴェルデ諸島(現カーボヴェルデ共和国)の一つである。ザビエルは喜望峰へ向かう途中にこの島へ立ち寄り、同島の学校を場にしておこなった説教の内容を、ザビエルの死後92年を経た1644年にイエズス会士のイエロニモ・リベイロ(Hieronymo Ribeiro)という人物が纏めた。さらに、これが20年後の1664年にポルトガルのコインブラ大学のトーメ・カルヴァリョ(Thome Carvalho)印刷局で印刷、刊行されたものである。
本書の構成は28頁からなっており、冒頭にラテン語で「主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待ち受けている人たちのようでありなさい」という聖書の「ルカ伝第12章、第35-37節」が掲げられ、その後は「創世記」や「マタイ伝」などの重要な部分を引用している。その際、これらを表現する重要なラテン語語句については、平易なポルトガル語表現に改め、さらに通訳がクレオール言語に翻訳するなどしてサントアンタン島の民衆に説明していたようである。このカーボヴェルデ諸島は、元々無人の群島で15世紀頃からポルトガル船が寄港するようになった。島民はポルトガル人とアフリカ人の混血が多く、この頃ポルトガル語は現地で理解されていたと考えられる。 |