HOME > 展示目録 > 第1部. 日本論としてのキリスト教布教報告書類 > 1.ポルトガル人が著してポルトガル国内で刊行された書物



GUERREIRO, Fernam (ed.)

Relaçam annval das covsas qve fizeram os padres
da Companhia de Iesu…

Lisboa, 1607.


ゲレイロ編『イエズス会 1603-1604年年報』

 本書はイエズス会修道士であるフェルナン・ゲレイロ(Fernão Guerreiro, 1550-1617)が編集したイエズス会報告書である。ゲレイロはポルトガルのアルモドヴァル(Almodovar)に生まれ、ポルトガル国内の各地で活動した。東洋に出向いた経験はなかったが、アジアからの報告書を纏めてイエズス会の世界布教に関する書物を多く残した。
 本書の標題紙には「[1]604年と[1]605年の年報」と記されているが、第1章本文の始めに「[1]603年と[1]604年の俗界及び宗教界における日本の事柄の一般的状態」という見出しが付されている。また、ゲレイロが纏めた年報に1605年のものが別にあり、それが本書の内容と重複しないことから、ここでは書名の日本語訳を『イエズス会 1603-1604年年報』とした。
 この版は第4版で、日本に関するものは前半に載せられている。太閤(秀吉)に成り代わり天下を治めた内府様(徳川家康)が、公方の官位を拝するため内裏の宮殿に領主、君侯を伴い参上したことや、息子(秀忠)の娘(すなわち家康の孫娘)を秀吉の息子である秀頼に嫁がせた壮麗な儀式についてなどが記されている。家康に対しては、彼のキリシタンへの当初の温情により「温和で誰からも愛される性質」などと好意的な評価を与えているが、同時に「亡き秀吉のために家康がおこなった事柄は自身の報恩のためではなく、秀吉の旧臣の心情を掌握するためであろう」との考察も加えられている。他にも、長崎、有馬、大村地方で、司祭が無理や強要があってはならないと述べたにも拘わらず、ある地域で実力を誇示する有力者が仏僧に追放をほのめかす圧力をかけ、その仏僧が宗旨の違うキリシタンの教えを説き始め、檀家の六十人が一挙に受洗したという例が書かれている。


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