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2023/04/04 14:00:00 「言語と平和」が明日をひらく

  • Category今考えるべき人権問題
  • Posted by人権教育啓発室
言葉の力が問われています。言葉は人をつなぐ反面、分断することもあります。とはいえ、多様な文化や価値観を踏まえて世界の秩序を構築するには、言葉の信頼に基づく対話が欠かせません。

京都外国語大学外国語学部・短期大学の初年次教育に「言語と平和Ⅰ」があります。「言語を通して世界の平和を( ラテン語でPax Mundi per Linguas)」。建学の精神を反映した授業です。学内外の講師が社会の課題を取り上げ、学生は「何が問題なのか」を知り、解決策を探ります。「『平和』とは、人間の自由を脅かすあらゆる『抑圧要因』が解消されることを意味する」。これが「言語と平和Ⅰ」の基本的な考え方です。
授業のコーディネートで学外の講師を招く際に心がけている前提の一つが、社会は多様性の中でこそ深呼吸しやすくなるという自覚です。学生たちが、さまざまな当事者の現場からの声に触れ、複眼的な視点を獲得し、これからの学びに生かすことを願っています。
継続して取り組んできたテーマを三つ紹介します。学年の枠を超えて課題を共有し、対話を深めてもらう狙いがあります。

まず、性の多様性へのまなざしです。LGBTへの理解を深めてもらおうと、当事者で大阪の認定NPO法人・虹色ダイバーシティ理事長の村木真紀さんに2017年から講師を依頼してきました。このテーマは当時、声をあげられない学生からの要望でもあります。
村木さんは外資系コンサルティング会社などに勤務した後、NPO法人で活動を開始。実感とコンサルタントの経験を活かし、LGBTと職場などに関する調査を踏まえて、企業や行政機関、学校などで多くの講演や研修を手掛けています。昨年は同法人事務局長の有田伸也さんが「LGBTも過ごしやすい社会」のタイトルで講演し、事実を知り、寄り添う行動に参加してほしいと呼びかけました。

性的少数者にとって、たとえ多数派と同じ経験をしても、法律上や社会での扱いに大きな隔たりがあります。同性婚訴訟では2021年3月、札幌地裁が、同性同士の結婚を認めない現行制度は憲法14条の「法の下の平等」に反する、と初めて違憲判決を出しました。同性愛は自分の意思に基づいて選択・変更できるものではない、と指摘したのです。22年6月の大阪地裁判決は合憲としたものの、同11月の東京地裁判決は、同性愛者が望み通りに結婚できないことは「人格的生存に対する重大な脅威」として「違憲状態」と判断しました。各種世論調査でも、同性婚への賛成が反対を上回るケースが目立っています。
家族のありようは一様ではありません。いま日本では単身世帯が最も多く、離婚・再婚する夫婦も増え、婚姻届けを出さない人や同性カップルもいます。婚姻を巡る制度も多様な生き方を認める方向に進むのではないでしょうか。

ソーシャルデザイナーで身体に障がいを持つ今中博之さんにも2020年から「社会を希望で満たす働きかた」というテーマで講師を引き受けていただいています。今中さんは大学を卒業後、企業の展示会やショールームなどの空間デザインの仕事に従事。やがて体の痛みを伴う疲労が蓄積し、休職しました。障がいとデザインの関係を考える中で、知的障がいのあるアーティストと出会います。
「社会システムをデザインする」。39歳の時、社会福祉法人の運営で「アトリエ インカーブ」を立ち上げます。インカーブは、障がいのあるアーティストチームと、インテリアデザインや油画、彫刻、美術史などの専門性を持つスタッフチームの共同体で、作品を国内外に発信し続けています。2020東京五輪・パラリンピックの公式アートポスターの制作も手掛けました。

「福祉」と「アート」は結びつくのか。今中さんは、社会福祉学者、一番ケ瀬康子さんの次の言葉に勇気をもらったそうです。
「社会福祉の究極の目的が、自己実現への援助であり、その在り方を追求していくことであるという視点にたつならば、文化をふくみ得ない社会福祉はあり得ないといっても過言ではない」(「福祉を拓き、文化をつくる」)
今中さんは、社会福祉施設のインカーブをデザイン事務所と位置づけて、アートと福祉をつなぐ人材育成を図っています。講演でも、障がいを持つアーティストたちの個性豊かな作品を紹介してくれました。

「デザイン(の特性)に差別化する力があるなら、非差別化する力もあるはず」と確信する今中さん。『障がい者アート』とカテゴライズせずに、同じ時代を生きる『現代アート』とフラットにみてほしい」と訴えます。「アートや障がい者福祉への見方が変わった」。受講した学生の声です。
最後は、2014年に私を含め本学教員らが立ち上げた「被爆者証言の世界化ネットワーク( 略称、NETGTAS)」の活動を紹介します。国立原爆死没者追悼平和祈念館と提携し、広島、長崎の原爆被爆者の日本語証言ビデオをさまざまな言語に置き換えて字幕を付け、祈念館のホームページ「平和情報ネットワーク」にアップロードして、世界に発信しています。NET-GTASには、本学の学生をはじめアジア、欧米の学生らも翻訳活動に参加し、被爆の実相を「言葉の壁」を乗り越えて伝えています。翻訳は、核保有国の言葉はもとより15言語に及びます。「言語と平和Ⅰ」でも「核なき世界」の実現に向けて、学生とともに考えています。

ここ数年は教員に代わって、2019年に本学を卒業しアラビア語の翻訳業の傍らNET-GTAS事務局長を務める阿比留高広さんが、年齢の近い学生たちに向き合ってきました。昨年は「核兵器禁止条約発効―ヒバクシャの声をいかに生かすか」のタイトルで講演。冒頭で、学生たちが通う京都市やそれぞれの故郷も原爆投下の候補地だったことを紹介し、他人事ではないことを強調。被爆者の声が核兵器禁止条約の成立に果たした役割の大きさを分かりやすく解説しました。無念さや怒り、差別への恐れ…。さまざまな思いが交錯し、長い時間をかけて語り出した被爆者たち。「被爆者がたどり着いた『核兵器と戦争の両方をなくしたい』という強い思いが世界の共感を得た」。阿比留さんは被爆者証言の翻訳作業の体験を踏まえて語りました。

また、昨年6月、ウィーンであった条約の第1回締約国会議が、国の代表だけでなく、NGOや市民団体などが対等に発言できる場だったことに着目。ウィーン宣言の行動計画にもセミナーやワークショップを通して加盟国を増やすと明記されるなど、市民活動を重視する条約の真骨頂をアピールして、声をあげる意義を学生たちに問いかけていました。
「言語と平和Ⅰ」を受講する学生のほとんどは、デジタルネーティブのグローバル世代です。Z世代ともいわれ、政治や社会の不正義に敏感に反応します。#MeTooなどジェンダーを巡る問題や深刻な所得格差、気候変動対策の遅れなど…。複合危機の時代に、欧米で繰り広げられる抗議デモの主役はZ世代と、その一つ上のミレニアル世代です。強い絶望感が背景にあるとはいえ、その主張には世代を超えて共有できる価値があります。キーワードは「包摂性」であり、世代間の対話でしょう。
誰もがかけがえのない個人として尊重され、よりよく生きる権利が人権であるならば、問題は「個人モデル」ではなく「社会モデル」へ転換して解決しなければならない、と気づかせてくれます。「視点を変えれば、社会が変わる」。学生たちには、どんな社会に暮らしたいのか、主体的に考え、言語を適切に運用して対話を深めてほしいと願っています。

※    ※    ※

本学副学長・英米語学科教授で人権委員会委員長の相川真佐夫さんが昨年12月、お亡くなりになりました。相川さんは「言語と平和Ⅰ」で毎年、「なぜ外国語を学ぶのか」のテーマで講演し、学生に寄り添い、「異文化を理解し、異文化接触の摩擦を解消するプロになって」と語りかけていました。心からの敬意とともに、深く感謝申し上げます。
(注)「言語と平和Ⅰ」の講演はコロナ禍の影響で
2020年度からオンデマンド・ビデオ形式で実施
しました。

池田昭(いけだ あきら)
大阪市出身。1978 年、毎日新聞社入社。主に、社会部で事件・
事故や司法、調査報道を担当し、社会部長(大阪本社)に。
また、論説委員、論説副委員長として社説やコラムを執筆した。
2013 年から京都外国語大学教授。
専門はメディア論、ジャーナリズム論。
元人権委員会委員長。      

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