| HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで) |
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| ギュスターヴ・グダローの生没年など詳しい事柄はわからない。しかし、本書の序文の中で三十年前にフランスから外国へ出たことや、日本滞在の期間が本書を記した時点で十五年に及んでいたことなどを知ることができる。この歳月についての経緯は、彼が本書の原稿を書いた時点か初版を出版した1889(明治二十二)年かによって異なるが、出版年を基準とすると1874(明治七)年には来日していたことになる。さらに、グダローは横浜のフランス領事館に勤務していたようで、本書の刊行八年後の1897(明治三十)年には領事館の事務代理になっていることが今日の研究で明らかになっている。 本書はグダローが1886(明治十九)年に上信越へ十二日間の旅行をした時の日記を纏めたものである。彼の日本語は堪能であったようで、この年コレラが大流行し、干ばつが続くなど条件が悪い中で、庶民と接して知った生活のあり様や文化を綴っている。特に旅館での宿泊で、外国人であることを理由に日本人客の倍の宿泊料金を請求されたことや、逆に想定していた金額よりも安い旅館があったことなど両面を公平な見方で紹介している。また、ブドウやリンゴなど農産物の栽培状況をはじめ、肉の消費量が最近数年間で急激に伸び、日本人の食生活に変化がみられることなどを行政官らしく細かく冷静に観察している。 なお、本書は井上裕子氏が『仏蘭西人の駆けある記-横浜から上信越へ』として翻訳の上、刊行している。 |
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