| HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで) |
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| 著者であるシャルル・ルイ・デズィレ・デュパン(1814-1868)はフランスの陸軍大佐である。日仏修好通商条約が締結された三年後の1861(文久元)年に来日した。この前年には攘夷派によって江戸城桜田門外で大老井伊直弼が暗殺され、アメリカの通訳ヒュースケンの刺殺事件が起こり、さらに年が変るとデュパンの来日と前後してロシアの軍艦ポサドニック号が対馬芋崎を占拠する事件が起こるなど、徳川幕府が窮地に陥り始めた時期である。デュパンは、日本人が持つ名誉感を紹介して、その社会の中での外国人の横暴な振る舞いを批判しながら、この暴挙が日本人との衝突や外国人殺傷事件に繋がっていることを述べている。また、デュパンは徳川幕府が意図的に外国人を横浜に集中させて租界が作られていること、また、西洋風の木造建築物がすこぶる迅速に建てられていることなどを紹介している。さらに、軍人として横浜の軍事的状況も観察し、万一日本との戦争になった場合の横浜、神奈川での自軍兵力の展開なども想定している。 なお、この書物は本学の森本英夫大学院教授が翻訳した『モンブランの日本見聞記-フランス人の幕末明治観』の中に収録されている。 |
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