| HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで) |
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| フランス海軍提督アルフレッド・ヴィクトル・ルサン(1839-1919)は、中西部ロアール盆地のナントに生まれた。パリのエコール・ポリテクニークを卒業して海軍に入り、主計畑から1862年の中国勤務を経て、翌1863年にはフランス東洋艦隊司令長官のジョレス海軍准将の秘書官になっている。その後、海軍少将にまで昇進し、軍の要職を務めた。 ルサンが来日したのは1863(文久三)年で、その年までに起こったイギリス公使館である東禅寺襲撃事件や薩摩藩によるイギリス人殺傷事件、所謂生麦事件に関するイギリスと徳川幕府の間の賠償交渉をめぐる一触即発の険悪な雰囲気の中で、横浜の外国人居留地を守るためにジョレス准将指揮下の東洋艦隊のフリゲート艦ラ・セミラミス号で神奈川へ寄港した。やがて、徳川幕府は賠償に応じたが、その後、薩英戦争や長州の米仏艦への砲撃事件を経て、英・仏・米・蘭の四ヶ国連合艦隊と長州藩が繰り広げた下関戦争(馬関戦争)に至るのである。ルサンはこの下関戦争に参加した記録をもとにこの海戦記を記したのであるが、ここにはこの時代から三百年前に遡り、日本の鎖国政策の完成する前の国内状況から開国、日英関係、下関戦争、特に砲撃戦の戦闘状況を詳しく述べ、長州の降伏と講和条約を結ぶ経緯が書かれている。 なお、本書は樋口裕一氏によって『フランス士官の下関海戦記』として翻訳されている。 |
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