HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで)



CACHON, Mermet de
Dictionnaire français-anglais-japonais
Paris, 1866.


カション 『仏英和辞典』

 著者メルメ・カション(1828-1871?)はスイス国境ジュラ山脈にあるレ・ブーシュという町の農家の二男として生まれた。サンクロードの神学校で学び、パリ外国宣教会で司祭に叙任されている。中国南部での宣教を経て1855(安政二)年に沖縄へ渡ったが、仏寺で事実上の軟禁状態となった。その間、日本語を学び人々が驚くほど堪能になったが、健康上の理由で香港へ戻ったといわれている。1858(安政五)年に日仏修好通商条約締結のための全権公使ジャン・バティスト・ルイ・グロの通訳として来日し、徳川幕府との交渉に尽力した。翌年、日本総領事兼外交代表デュシェーヌ・ド・ベルクールの通訳として再び来日する。この条約の批准後、香港に戻ったものの函館赴任の命を受け、北海道で布教活動をする傍らフランス語塾を開いた。1864(元治元)年にレオン・ロッシュの駐日公使就任に伴って通訳の任に戻り、横浜でも語学学校を開設して多くの日本人にフランス語を教えた。また、辣腕外交官と言われたロッシュの相談役としての役割も果たし、日本人から「怪僧」との異名をとった人物である。
 本書は研究書『アイヌ』や翻訳書である『養蠶祕録』などの刊行と共に、文化面でも活躍したカションが編纂した語学辞典である。編集の協力者で自ら『日本切支丹宗門史』を著したレオン・パジェスが前書きを書く中で、本書を分冊で完成させる予定を述べているが、最終的にこの第一分冊で刊行が終わっている。


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