| HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで) |
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| 著者ミシェル・リボー(1870-?)はパリ外国宣教会の宣教師。フランス南東部のオートサヴォア県ルミュールで生まれ、パリ外国宣教師会の神学校を卒業した。司祭に叙任されたのち、1892(明治二十五)年に来日して横浜で日本語を学んだ。翌年、新しく函館に作られた南蝦夷地区の担当として働く中で、日本の歴史や文化についての関心を高めていたが、やがてパリ外国宣教会を退会する。1898(明治三十一)年にはフランスに帰国して、日本に関する論文や原稿記事などを書くようになった。 本書は、1893(明治二十六)年頃から訪れた鎌倉と日光を紹介した見聞記である。リボーは鎌倉や日光について、日本の歴史に沿いながら源頼朝や徳川家康との関わりを紹介している。しかし、彼が日本に滞在した年月は六年に満たず、その間に得た知識を以て書かれた歴史や文化には所々に誤りが見られる。このような難点はあるものの、同じく鎌倉と日光を明治初期に記述したエミール・ギメとフェリックス・レガメーによる『日本散策』とは、歴史上の人物に対する評価や社会的環境が微妙に異なる日清戦争前後の関東地方の様子が捉えられた資料として比較対照すれば興味深いものがある。 なお、本学図書館はリボーの他の著作である“Un été au Japon boreal”(『北日本でのある夏』)や“Voyage du jeune Stanislas au Japon”(『青年スタニスラスの日本旅行』)を所蔵している。 |
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