HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで)



BING, Samuel [éd.]
Le Japon artistique
[2 vols.] Paris, [1888-1890].

ビング 『芸術の日本』 〔全2巻〕

 この雑誌の編集者であるサミュエル・ビング(1838-1905)はドイツのハンブルクで生まれた。ドイツでは陶器やガラスを作る陶板工場を経営していたとされ、1871年にフランス国籍を得て、名前をジークフリートからサミュエルに変えたという。フランスではパリで東洋の工芸品を扱う美術商として成功している。日本へは1875(明治八)年に初めて訪れ、大量の美術品を買い付けて帰国した。持ち帰られた美術工芸品の一部は1878年のパリ万博に出展されたともいわれ、これ以降のヨーロッパでの日本熱の高まりを考えればジャポニスムの高揚に大いに貢献しているのである。その後も、日本の芸術品を扱った展示会を開き、出版物に評論を展開して日本美術の研究家としても名を高めた。また、後世に言葉が残る「アール・ヌーヴォー」の店を開いて、1900年のパリ万博を契機とするこの芸術運動を牽引し、販売網をニューヨークに拡大するなど世界的に活躍する古美術商となった。
 本誌は、1888年5月から1891年4月までの三年間の毎月に一号ずつ刊行された芸術雑誌で、フランス語、英語、ドイツ語の三ヶ国語で著されたものを二つの帙形式のバインダーで纏められたものである。内容は日本研究家の論文と図版を入れたもので、特に各巻末には大型の図版を掲載している。この時期は前述のジャポニスムの高まりから、日本芸術の専門誌は人気を博し、さらにこれが読まれることで日本文化の価値がさらに高まったのである。
 なお、本誌は大島清次氏らによって『藝術の日本』として日本語に翻訳の上、刊行されている。


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