HOME > 展示目録 > II. 日仏修好通商条約の締結後に刊行されたフランス人による書物(1900年まで)


ビゴーの主な日本関係著作
 ジョルジュ・ビゴー(1860-1927)は、フランスの風刺画家、風俗画家である。パリに生まれ、十二歳という若い時期から美術学校(エコール・デ・ボザール)に入って絵を学んだ。ジャポニスムの隆盛期にフランスへ持ち込まれた浮世絵に強く魅かれて、1882(明治十五)年に来日した。東京では陸軍士官学校の美術担当の教師などを務めながら日本美術への関心の幅をさらに広げた。この頃の日本は自由民権運動から日清戦争を経て日露戦争に向かう時期で、人々の生活の描写から外国との交渉の風刺など幅広い事物をテーマにとりあげて絵画を描いた。特に、マンガは幾つかの新聞に掲載して読者を喜ばせた。また、絵の種類もスケッチ、水彩画、油絵、銅版画など広範囲に及び、多くの画集を刊行している。約十八年の滞在中には、日本人女性と結婚して日本風の生活を営み、日本語にも精通していた。しかし、夫人と離婚したことからか、息子を連れて1900(明治三十三)年のパリ万博の日本人に対する通訳として帰国した。1904(明治三十七)年には新聞社の特派員として再来日し、日露戦争下の国内の様子をフランスへ送った。こうしたことから、彼の名はフランス国内よりも日本でよく知られている。

BIGOT, G[eorges] [Ferdinand]
La journée d'un député
[n.p.], [1890].


『国会議員の本』

 1889(明治二十二)年に大日本帝国憲法が発布され、翌1890(明治二十三)年に第一回衆議院議員総選挙が行われた。この画集はこの時の選挙の模様や国会議員に圧力をかける壮士などを風刺したもので、大隈外相暗殺未遂事件によって諸外国との条約改正が頓挫した背景を描こうとしたものである。


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