| HOME > 展示目録 > I. ヨーロッパに流布していた日本関係書物のフランス語版と来日経験がなかったフランス人による書物(1857年まで) |
| ティチングの主な日本関係著作と翻訳本 |
| ティチング(1744?-1812)はオランダの長崎出島商館長。遣清(中国)使節。外科医学を修得した後、オランダ東インド会社に入社した。1768年、当時のオランダ領バタヴィア(現ジャカルタ)に赴任、1779(安永八)年に出島商館長となり約十四ヶ月滞在した。1780(安永九)年に江戸城で将軍家治に謁見の後、帰国したが、1781(天明元)年、再度、商館長として来日、1782(天明二)年に参府している。 ティチングが、江戸参府した1780年まではオランダがアメリカの独立に関連して、イギリスと戦っていた頃であり、フランスの助力によりセイロン島やケープタウン等を辛うじて保持することが出来たほどの状況で、東インド会社も衰退に向いつつあった。オランダ本国もまた19世紀初頭よりフランスのナポレオンの勢力下に置かれ、ティチングは晩年パリで東洋学者と交わりつつ客死している。 |
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| 彼は二度にわたる江戸参府旅行で、日本人の日常生活、特に将軍や重臣、旗本、蘭学者、一般庶民の習俗を詳細に観察している。また、蘭学通の薩摩藩主島津重豪、丹波の福知山藩主朽木昌綱等をはじめ、蘭学者中川淳庵らと交際して数々の影響を及ぼしている。 本書の内容は二部に分かれ、第一部は日本の主権者である将軍家の逸話および城内における祭事と儀式に関する序言と題して、将軍家の家伝より記し、第一部の付録として日本人の法律上の自殺や詩歌、日本の暦および貨幣、長崎におけるオランダ商館などを掲載。第二部には日本における婚礼ならびに葬式と「土砂」について記述しているが、死者の罪障を除くという「土砂」に関する記事は当時の宗教上の風習を知る上でとくに興味深い。 |
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