HOME > 展示目録 > I. ヨーロッパに流布していた日本関係書物のフランス語版と来日経験がなかったフランス人による書物(1857年まで)


シーボルトの日本関係書物
 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866)はバイエルンのヴュルツブルクに生まれた。のちに現地の大学に進み、医学、地理学、民族学を学び、医学博士の学位を得ている。その後、東洋研究を志し、オランダ領東インド陸軍病院の軍医となり、1823(文政六)年にバタビアに赴任し、ついで長崎出島商館の医師を命じられて、同年長崎の土を踏んだ。日本には1828(文政十一)年まで通算六年滞在したが、その間、商館長の江戸参府に随行した。また、長崎郊外の鳴滝に長崎奉行の許可をもとに学塾を開き、長崎に留学していた多くの日本人にヨーロッパの医学や自然科学を教えた。帰国に際して彼は、当時禁止されていた日本の地図を携行しようとしたことが発覚して、厳しい取り調べを受け、再入国禁止のうえ追放され1830年に帰国した。帰国後は大著『日本』や、日本から送っていた動植物の標本をもとに『日本動物誌』、『日本植物誌』を執筆し、1858(安政五)年に日本への入国禁止処分が解かれると、シーボルトは翌年再び来日し、幕府の要請で1861(文久元)年から海外事情に関する相談役を務め、翌年辞任して帰国した。その後、ミュンヘンで没した。

SIEBOLD, Philipp Franz von
Flora Japonica
2 vols. Leiden, 1835-1870.

シーボルト編 『日本植物史』 全2巻

 本書もシーボルトが日本で採集し、スケッチした植物を図版化しラテン語とフランス語で解説を加えた大著である。全二冊からなり、ミュンヘン大学教授のヨーゼフ・ツッカリーニが編纂に加わっている。第一巻は観葉植物と有用植物からなり、第二巻は花木や常緑樹や針葉樹が収められ、この二つの巻を通して百五十の図版が収められている。なお、シーボルトが編纂の途中で死去したことから、ライデン国立植物園長のフリードリッヒ・ミクエルという人物が事業を引き継ぐなど、刊行計画が変更された。


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