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ごあいさつ
 
 本年は日本とメキシコが交流を持った年から数えて四百年にあたります。本学図書館はこれを記念して「日墨交流400周年記念稀覯書展示会―黒潮が結んだメキシコとの絆―」を開催いたします。
 1609(慶長十四)年に、当時の大型帆船であるガレオン船「サン・フランシスコ号」が房総半島の岩和田の北、田尻の沖で難破しました。現在の千葉県の御宿町です。この船はフィリピンを出港してスペイン領メキシコのアカプルコに向かっていたもので、村人たちは三百人を超えるこの難破船の乗組員を救助しました。この中には、前フィリピン臨時総督であるドン・ロドリゴ・デ・ビベロがいました。その後、彼は徳川家康に面会し、日本とメキシコの間の貿易問題などを話し合い、その後、ドン・ロドリゴは徳川幕府が準備した船で、京都の貿易商人田中勝介ら二十二名の日本人を伴ってメキシコヘ戻りました。メキシコ副王のドン・ルイス・ベラスコが答礼使としてセバスティアン・ビスカイーノを1611(慶長十六)年に来日させ、同時に田中ら日本人も帰国しています。結局、この交易は成り立つことはなかったのですが、1609年の房総半島での出来事は、本年四百年を迎える日本とメキシコの交流の原点となっています。
 これより十三年前の1596(文禄五)年、マニラからメキシコに向かったガレオン船の「サン・フェリーぺ号」が嵐に遭遇して土佐に漂着していました。この船にはメキシコ生まれのフランシスコ会修道士フェリペ・デ・ヘスースが乗っていました。しかし、当時の最高権力者であった豊臣秀吉がキリスト教対策を強化し始めた時期であったため、ヘスースはスペイン人宣教師らと共に京都にあったフランシスコ会の教会で捕らえられ、長崎へ送られて処刑されました。因みに、彼らは殉教後の1862(文久二)年に二十六殉教聖人に列聖されています。
 一方、日本人がメキシコに渡ったのは1587(天正十五)年頃だといわれていますが、記録が比較的多く残っている例として、阿波の国の農民初太郎と紀州出身の善助たちの話を挙げることができます。彼らは江戸時代も後期に入った1841(天保十二)年に、乗船である永寿丸が難破してスペイン船に救助され、サン・ルカスに上陸し、その後、多くのメキシコ人に助けられて、サン・ホセやマサトランなどを訪れ、日本へ無事帰国しました。これは、日本国内が鎖国体制にあった時代にも拘わらず、両国間には人々の友好的な交流が存在したことの証しとなっています。
 本学図書館では嘗て第三代図書館長を務め、現在は在京都メキシコ合衆国名誉領事である森田嘉一理事長・総長のリーダーシップのもとに上記の日墨関係の歴史資料の収集がなされました。この中には日本人漂流民の資料と共にメキシコで刊行された貴重な書物が含まれており、素晴らしい記念の年にあたって稀覯資料を広くご紹介いたしてまいります。
 末筆になりましたが、この展示会の開催に対し、ミゲール・ルイスカバーニャス駐日メキシコ大使閣下より御丁重なメッセージを賜りましたことに対しまして、深甚なる謝意を表する次第です。
 また、展示目録の作成にあたり、ご寄稿をいただきました本学の京都ラテンアメリカ研究所長である大垣貴志郎教授に厚くお礼を申し上げます。
 なお、展示におきましては行き届かぬ点が多々あることかとは存じますが、日墨両国の友好関係に些かなりともお役に立つことができれば幸いと存じます。

 2009(平成二十一)年11月

 
京都外国語大学付属図書館
京都外国語短期大学付属図書館
 館長 下 村 秀 則