林子平著 『海国兵談』

嘉永7(1854)年

 著者林子平は六無斎と号した。六無斎とは本書の刊行が世間を騒がせたとして幕府から処罰され、「親もなし、妻なし、子なし板木なし、金もなけれど死にたくもなし」と我が身の不運を嘆き、細やかな抵抗と風刺をこめて名付けたとものといわれる。
 本書を著すに至った直接の契機は、安永6年(1777)子平39才の時長崎に赴き、オランダ商館長フェイトから海外情勢を聞いて刺激されたことによる。彼は、序文に「外寇ヲ防グノ術ハ水戦ニアリ、水戦ノ要ハ大銃ニアリ、此二ツヲ能ク調度スル事」が重要であるとし、全国的な沿岸防備の必要性と常時調練、及び兵器や戦術などについて16巻に纏め、寛政3年(1791)に刊行した。しかし、幕府はこれを妄説として版木などを没収のうえ子平を蟄居処分とした。彼は失意のうちに死去するが、皮肉なことに彼が処罰された直後にロシア船が根室に来航し、幕府は海防の策定に追われることになる。本書はその後、嘉永4年(1851)と同7年(1854)に復刻された。

展示目録 『日蘭交流400周年記念稀覯書展示会』 より

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