久米邦武編 『特命全権大使米欧回覧実記』

明治11(1878)年

  幕末期に欧米諸国と締結された修好通商条約には、関税自主権の放棄と領事裁判権の許容が日本側より条約締結国に約束されており、そうした不平等条項がそのまま明治新政府にひき継がれたため、条約改正の早期実現は新政府の大きな課題となっていた。そこで新政府は、実力者岩倉具視(右大臣)を明治4年特命全権大使に任命し、欧米列強に派遣して、条約改正交渉に臨むこととなった。一行は岩倉大使の下に、木戸孝允(参議)、大久保利通(大蔵卿)、伊藤博文(工部大輔)、山口尚芳(外務少輔)らが特命全権副使に任命され、その他に欧米に留学する華士族の子弟も加えられて総勢100名に達していた。留学生の中には、のちに津田英学塾を設立した津田梅子(当時8才)ら5名の女子留学生が含まれていた。一行は明治4年(1871)11月10日東京を出発し、サンフランシスコに上陸して1872年2月大統領グラントに謁見して条約改正の準備交渉に入ったが、日本の近代化の遅れを理由として、交渉は不調に終わっている。一行はその後大西洋をわたり、イギリス・フランス・ベルギー・オランダ・ドイツ・ロシア・デンマーク・スウェーデン・イタリア・オーストリア・スイス等を歴訪し、アラビア・インドを経て、1873年7月帰国している。かくて一行の主目的であった条約改正は遂に実現されることなく終ったが、欧米諸国の非常な大発展を眼のあたりにした一行は、帰国すると内治優先=国内近代化路線をとり、西郷隆盛・板垣退助らを中心に新政府の内部で主張されていた征韓論と厳しく対立し、その後の政局に大変動を起す一石を投じることとなるのである。
 さて本書は、全5冊からなり、太政官少書記久米邦武の編修になるもので、一行が「東京ヲ発シ……東京ニ復命スルマテ、日々目撃耳聞セル所ヲ筆記ス、明治四年辛未十一月十日ニ起リ、六年九月十三日ニ止ル」もので、その間1年9ヵ月21日の記事で欧米の著名な都市はすべて回覧したと記述している。本書の構成は、第1編が北アメリカ州合衆国の部、第2編をイギリス国の部、第3編をヨーロッパ大州列国の部・上、以下第4編が中、第5編が下となっていて、一行の旅程に従って日記風に筆を進めている。当然、政治・経済・地理・文化など一行が見聞したことがらや、行くさきざきでのさまざまなでき事がふれられていて、その都度一行が何に関心をはらっていたか、克明に知ることができる。また挿絵としてかなりの数の各種エッチングが収録されていて興味深い内容といえる。

展示目録 『西洋との出会い』 より

   資料ID:193625(書誌詳細画面へ接続)


        
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