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70主産業は牧畜業であったことから、この体制は「カフェ・コン・レイテ(ミルク入りコーヒー)」と呼ばれた。第四代大統領カンポス・サレス大統領の任期には、国家的政策に各州が協力する代わりに国家は州の独立性を尊重するという関係が確立した。共和党政権の長期化は、地方における権力の固定化と集中を生み出し、結果的に各州に反民主的な少数独裁政治体制(オリガルキー)が形成された。地方の有力者はコロネル(大佐)と称されたことから、地方において一部の有力者が権力をほしいままにするこの体制は「コロネリズモ」と呼ばれた。世界でのコーヒー消費の拡大とともに、コーヒー大国として世界で名を馳せるようになったブラジルでは、第一次世界大戦後、芸術家や知識人を中心に独自のアイデンティティを模索する動きが生じた。政治体制の固定化と地方での権力の濫用に対する反発は、このような新たな動きと結びついていった。一九二二年の大統領選挙において、サンパウロ州とミナス・ジェライス州が推薦する候補者に対し、他州と軍部が結束し、対立候補を擁立したものの、結局、これまでどおりミナス・ジェライス共和党のアルトゥル・ベルナルデスが当選した。この結果に軍部は反発を抱いたものの、具体的な行動を起こすことはなかった。しかしながら血気盛んな下級将校らが、政治の刷新と腐敗の一掃を求めて決起し、一九二二年七月、リオデジャネイロのコパカバナ要塞を占拠した。一九二六年の大統領選では、再びサンパウロ共和党のワシントン・ルイスが選出された。ワシントン・ルイスの任期中に、コーヒーの滞貨の問題が深刻化し、ブラジルの経済の停滞が顕著になった。ワシントン・ルイス大統領は、次期大統領候補の指名に際し、ミナス・ジェライス州出身者を指名せず、自身と同じサンパウロ州共和党のジュリオ・プレステスを指名した。大統領のこの決断によって、カフェ・コン・レイテ体制に亀裂が入った。硬直化した政治体制に対する不満が高まる中、ミナス・ジェライス州は、カフェ・コン・レイテ体制の反対勢力であったリオ・グランデ・ド・スル州と協定を結び、ジェトゥリオ・ヴァルガスを大統領候補に、ジョアン・ペソアを副大統領候補に擁立した。1・2 ヨーロッパ人移民の減少大量のヨーロッパ人移民の導入は、ブラジルの白人人口を増やすことになり、ブラジルの人種構成に変化をもたらした。一八〇〇年には七七・六パーセントを占めた黒人と混血人の人口が一九四〇年には三五・八パーセントへと減少し、白人は二二・四パーセントから六三・五パーセントに増加した(Lambert 1967:87)。白人至上主義を奉じ、ヨーロッパを理想化するブラジルのエリートにとって白人人口の増加は喜ばしい変化であり、「ブランケアメント(白色化)」と呼ばれる人種に関する新たな見通しを有するようになった。ブランケアメントは、生物の進化について遺伝子の変化に対する環境的要因を重視したラマルク説を修正・拡大した新ラマルク説の影響を受けたブラジル独自の優生学である。その論によれば「遺伝的な欠陥は一世代のうちに克服できる」として、生殖能力に優れ遺伝的にも優位にある白人が、非白人と人種混淆することで黒人の要素は消去されるとした。(3)(4)表1 1910年から1934年までサンパウロ州に入った国籍別外国人移民の数時 期イタリア人ポルトガル人スペイン人日本人その他合 計1910-191488,692111,491108,15414,46540,096362,8981915-191917,14221,19127,17212,6495,53083,6841920-192445,30648,20036,5026,59160,713197,3121925-192929,47265,16627,31250,573117,418289,9411930-19346,94617,0154,87676,52723,535128,899合 計187,558263,063204,016160,805247,2921,062,734出所  Paiva & Moura,(2008:88-89)より筆者が作成

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