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65プエルトリコにおける文化的ヒスパニック性とブラックネスBambú y calabó バンブーとカラボーEs el sol de hierro que arde en Tombuctú. 灼熱の太陽が照り付ける トンブクトゥEs la danza negra de Fernanco Póo. フェルナンド・ポーのネグロのダンスを El alma africana que vibrando está アフリカの魂が響き渡っているEn el ritmo gordo del mariyandá. マリヤンダーの見事なリズムに乗って Calabó y bambú. カラボーとバンブーBambú y calabó バンブーとカラボーEl Gran Cocoroco dice: tu-cu-tú. ココロコの王が発する トゥ・ク・トゥLa Gran Cocoroca dice: to-co-tó. ココロコの王妃が呼応する ト・コ・ト                 (拙訳)パレス・マトスによれば、プエルトリコのナショナル・アイデンティティを人種や文化から規定しようとする限り、歴史事実として必然的にアンティル主義の根幹にあるアフロ的要素を無視することはできない。メスティサヘは混血を通じて、それを抹消することを目論んだ理論であり国策であったが、実際には、目の色、頭髪の色と状態、肌の色など、「目に見える」人種の身体的特徴と照合したとき、調和や融合という言葉や理論による「神話化」によって人種の相違を完全に打ち消すことは不可能であった(Llorén, García-Quijano and Godreau 2017:72-176; Godreau 2011:27-31)。そこでパレス・マトスが重視するムラートという混血のカテゴリーは、純粋な黒人なるものを抹消するという目論みがあったと思われるが、それは反面、忘却されていたブラックネスの存在を人種だけでなく文化の中に確認する見解として人々に受容されていったと考えられる。こうして、文化的ヒスパニック性をナショナル・アイデンティティとして、上から強制的に一元化する試みに批判がなされたのである。おわりにペドレイラを含めて社会的エリート層であった一九三〇年世代の論客は、ナショナル・アイデンティティを形成するため、上から「押し付けられた」国民文化に同調し、統合を図ろうとしていたといえよう。従って、彼らは概してヒスパニック文化を白人文化として規定したのである。まさに文化による融合と調和は文化の白人化(白人文化による集約化)を意味していたことがわかる。反面、一九三〇年世代の論客は反米主義を掲げ、米国のホワイトネスに対抗しようとしていた。文化的ヒスパニック性とは、スペインを中心とする、広くヨーロッパ主義、加えてカトリシズムを基盤とするホワイトネスを掲げ、米国帝国主義からプエルトリコが脱却することを第一義的な問題として考えていた。従って、論客の中には米国からの分離独立までも視野に入れている者がいた(Ayala and Bernabe 2007:131-132)。いずれにせよ、文化的ヒスパニック

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