63プエルトリコにおける文化的ヒスパニック性とブラックネスもう一つの重要な点は、アンティル主義である。ペドレイラは、スペイン文化を基盤とするナショナル・アイデンティティを形成しようとしたにも関わらず、他方で、プエルトリコはスペイン文化を背景とする米国人であると規定し、またプエルトリコの島嶼性が指摘されているように、プエルトリコが米国帝国主義の社会的病理にあり、孤立していることをプエルトリコの特質として挙げている(Ayala and Bernabe 2007:118-119; Fahey 2001:6)。ところが、パレス・マトスは、アンティル諸島という地理的空間にみられるブラックネスを重視し、実際に彼の韻文にはアンティル主義が濃厚に表現されている。アンティル主義はとくに大アンティル諸島であるキューバとドミニカ共和国との連帯が重視されている(Fehey 2001:8; Fernandez et.al. 1998:252)。私は、白人の詩、黒人の詩、あるいはいかなる有色人種の詩の存在を認めない。詩とは、苦悩、苦痛、感情から引き出された作品である。私は、黒人のテーマを、忘却かつ軽視された芸術の重要な部分として統合しようと試みている。結局のところ、そのリズム的な価値はアンティル諸島の文化に比重が置かれ、その重要性を回避できないのである(Godreau 2015:131)。ネグロイド詩人であるパレス・マトスは、Ñam Ñamという詩のなかで、伝統的で保守的なヨーロッパから見た偏見文化である黒人のカニバリズムを否定するのではなく、プエルトリコのヨーロッパ白人文化をより醸成する要素として高く評価した。つまり、白人の肉を食べるときに生じる黒人の噛む音が、まさに音楽的リズムや音となって、「注入」されることは、白人文化の本来の美学に相当なメスを入れることになるが、これによって最終的に現状の白人文化をより発展させることが期待されたのである(Ayala and Bernabe 2007:124)。そして、アフリカは「夢の空間」(pueblo de sueño)としての現実社会からの逃避場所であり、また精神的な宿りとしての「場」として脳裏に焼き付けられ、まさにエロティシズムと快楽をわれわれに与える。従って、本来、黒人文化には白人文化に対する「異質性」からくる一定の違和感や嫌悪感がある一方、黒人文化のロマンティシズムの虜に白人男性が陥ることにより、黒人女性に対する欲情にかられ、これにより白人文化がブラックネスを吸収する絶好の機会となる(Ayala and Bernabe 2007:125)。人種の融合と調和の対象となる黒人女性との性交とそこから生まれるムラータ(混血女児)に対する肯定的解釈がある一方で、「悪」の根源である黒人男性に対しては、これを排除するホワイトネスの論理が働いていることになる。パレス・マトスは自らを白人であると称したこともわかるように、西洋人のエゴイズムで、オリエンタリズムともいえるものであった。ブラックネスの文化に対するロマンティシズム、さらには黒人女性に対する性的関心という見解は、コロニアリズム的見地による意見や主張であるという批判に晒された。そこには、白人の優越性や支配性の言説が読み取ることができるのである(Ayala and Bernabe 2007:125)。パレス・マトスの代表詩 Danza Negra では、擬音語を巧みに用いられているが、キューバの詩人ニコラス・ギジェン(Nicilás Guillén)の影響を受けたネグロイド詩である。今日プエルトリコの学校教育では生徒たちは本詩を暗唱させられることがあるようだが、国民的な詩のひとつである(Carmona Sánchez 2005:56-57)。Danza Negra ネグロのダンスCalabó y bambú. カラボーとバンブーBambú y calabó. バンブーとカラボー(2)
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