62混血ムラートを誕生させたが、彼にはムラートに対する強い探究心が芽生えた。ネグロイド詩に見られる自然界における黒人の感性に次第に関心をもつようになる。ブランコは『五感―われわれの財産目録(Los cinco sentidos: inventario de cosas nuestras)』(一九五五年)を発表し、プエルトリコ人の五感はカリブ・アンティル諸島の自然環境の中で培われ、それが同文化に大きく影響を与えていることを明らかにした。サトウキビの穂の花を見る(視覚)、夜中のコキー(プエルトリコに生息するカエルでその鳴き声がその呼称のように聞こえる)の鳴き声(聴覚)、絶えず漂うコーヒーの香り(嗅覚)、熱帯のフルーツのうまさ(味覚)、肌でそよ風を感じること(触覚)を体験する。その結果、これに順応すると同時に、外部からの影響を取り入れプエルトリコ独自のものを醸成してきたという考えに至る。まさにそれが「混交」することであった。この一連の過程をブランコは aplatanamiento という表現を用いて説明している。動詞 aplatanar には、怠惰になる、やる気をなくす、という意味もあるが、肯定的な意味でその土地の慣習になじむという意味がある。バナナ plátano が語源になっていると思われるが、アフリカからカナリア諸島をへて伝わったにもかかわらず、プエルトリコ独自のバナナとしての色付けができていることからもわかるように、aplatanamiento(定着)がプエルトリコ人にとってきわめて重要な哲学であると述べている。トマス・ブランコは多様で複数の感性を用いて、自らが置かれた環境と現実の多様性に調和したプエルトリコ独自のアイデンティティを確立しようとしていた。アインデンティティ形成過程でその不安定かつ不確実な要因を、感性を用いて確実なものへと変えていったことを意味する。このようないわゆる快楽のアイデンティティ(identidad del placer)は他者である相違を排除するのではなく、むしろこれらを汲み込むことによって醸成されるものであるとした(Acevedo 2001:288-289)。3 パレス・マトスのネグリスモ多くの一九三〇年世代の論客が文化的ヒスパニック性をナショナル・アイデンティティの中核にしようとしていたが、異なる見解を述べる詩人がいた。その代表がパレス・マトスであった。彼は、黒人による人種的融合と調和を重視していた。パレス・マトスはペドレイラ同様にシュペングラーの『西洋の没落』に感化された。シュペングラーが一般に受け入れられたのは、彼が従来のヨーロッパ中心史観への批判を提唱したことにある。ペドレイラは、そこから文明ではなく、文化の力学を学び取った。しかしパレス・マトスは、西洋文化、換言すれば、白人文化への偏重こそが危機であると悟ったと考えられる。そこで、彼は、白人文化の限界を容認し、原始的で未開な文化のモデルとしての「活気」溢れるアフリカ文化(ブラックネス)を受容しなければならないとした。パレス・マトスはこのアフロ性文化をネグロイド文化と呼んだ。ただし、ブラックネスとの混淆の結果、中和されるだけでなく、そのブラックネスがより優れたホワイトネスを醸成するための潤滑油となることが提唱されたことが重要である。これからもわかるように、決してパレス・マトスがヨーロッパのアフリカ化を目指していたわけではなかった。むしろペドレイラ同様に文化のアフロ性自体を否定的に捉えていた。いわゆるプエルトリコの一九三〇年の世代の知識人たちは、概してこのシュペングラーの思想的影響を受け(Ayala and Bernabe 2007:124)、プエルトリコ文化の中のブラックネスという考え方そのものを頑なに拒否していたが、パレス・マトスの場合、混血や人種混淆にかかわるアフロ的要素の存在を軽視しなかった。しかし、先に述べたように、アフロ的(lo negro)なるものは有害でプエルトリコ人とは無関係とみなした。そして、そのアフロ的なものが「われわれ」と混ざるときに、その瞬間アフロ的なるものは分離されると考えた。換言すれば、アフロ性との異種混淆によって融合して生まれたムラートの存在は、純粋な黒人よりも、文化的ヒスパニック性に対してポジティブな「影響」を与えるという意味で高く評価されたのであった。従って、混血の過程を重視し、アフロ的要素が注入されるという事実を抹消することはなかった。(Fahey 2001:8)。
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