58るだけである。また、米連邦税の納税義務はない一方、米大統領選挙の投票権は認められていない(Novas 2003:147-148)。まさに、プエルトリコが、グアムや北マリアナ諸島と並んで、植民地状況に置かれているといわれる所以はそこにある。では、文化的ヒスパニック性は具体的に反米主義とどのような関係があるのか。一九三〇年世代の論客の一人で、プエルトリコ大学のスペイン学の教授でその創設にも関わったペドレイラ(Antonio S. Pedreira)は、シュペングラー(Oswald Spengler)の文明と文化に関する理論に感化され、米国は資本主義による無機質な社会であると批判する。逆にヒスパニック文化とは生命感に溢れているものであると考えた。高度の文明と資本主義によって、米国社会では人間性の喪失がみられる。米国は進歩主義、組織化、技術革新の国で、発展の進展が緩慢で保守的なスペインとは対照的である。スペインの文化や建造物は長い時代を経てつくられた重厚なものである。その時の流行や発展に応じて即座に構築された文化ではなく、後世においてもその重要性や魅力は永遠であり、そのことに敬意が払われている。そしてプエルトリコは米国の傘下にあり、その経済的支配のもとで人は十分な余暇も捻出できず、時は金なり、の精神で生きていくことを余儀なくされていると否定的に捉えている(Pedreira 2004:80-81)。かつてのプエルトリコでは米国型の物質主義と違って、文化的で精神的な話題について語り合う時間の余裕があった。しかし、プライバシー保持のための空間のゆとりもなくなってきた。それは家と家の間隔も狭く建てられ、人口も過密化していることと関係している(Pedreira 2004:82)。プエルトリコの人口密度は、イギリス、ジャワ、ベルギー、オランダ(Los Países Bajos)に次いで世界でも有数の人口密度の高い国であるという。日本とドイツがこれに続いている。過剰な人口増加は経済的だけでなく衛生的にもよくない。持続的発展のための鉱物、森林、水力の確保が永続的に不可能で、いずれは工業や農業に支障を与えるであろうと述べている(Pedreira 2004:42)。さらに、文化面において、米西戦争以降の米国のプエルトリコ支配により、プエルトリコが本来持っていた芸術関係への補助金が廃止されたことをペドレイラは指摘する。それはプエルトリコ政府にも受け継がれ、文学、音楽、絵画などのいかなる美学に対する関心がない。上流の芸術や文学などの精神面での享受に対する政府の無関心は、公共図書館などの施設の充実にも影響を与えるものである。プエルトリコ人の生活は麻痺状態にある。われわれはスペイン文化を背景にもつ米国人の顔をした民族であるとペドレイラは述べている(Pedreira 2004:24)。加えて、プエルトリコの地理的位置は、プエルトリコのこれまでの歴史や今後向かうべき方向性を自ずと規定している、という。歴史的に、通商の相手国は、スペインと米国であった。それはプエルトリコの民族性にも影響を与えてきた。大アンティル諸島と小アンティル諸島のはざまにあり、かつ世界から孤立した島嶼国である。島嶼であるためにその土地面積をもたないことがプエルトリコの欠陥である。国土の大きさは国力や富に比例すると考えられる。南北アメリカの真ん中にあり、国土に恵まれず、港も不十分であることから、プエルトリコが自然と世界から取り残される。プエルトリコは米国やラテンアメリカの大陸国とも、またアンティル諸島の国々からも一定の距離をおく単独の島嶼国である。ここに戦略的な限界がある(Pedreira 2004:41-42)。米国以外のスペインやオーストラリア、チリなどの国とも交流し開放的にならなければ健全な国とはいえない。ただし、プエルトリコ人の個性は現在漂流し続けているものの、難破したわけではない。とはいえ、庶民の知的貧窮化のために善良な文化が失われており(Pedreira 2004:81)、プエルトリコ人が米国人的な行動を余儀なくされている限り、米国に抗して徐々に自分たちの本質であるスペイン性に依存していかなければならないとする(Pedreira 2004:25)。1・2 人種混淆論ペドレイラは一九三〇年世代の他の論客と同様、人種混淆論を支持する。これは米国の人種差別に対する批判が一つの背景にあるが、それ以上に、ペドレイラの人種混淆論は広くラテンアメリカで広まっている人種混淆論とも異なる点がある。そのまえに確認しておかなければならないことは、プエルトリ
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