IELAK_Publication_Series1_tate
59/108

49スペイン帝国下における印刷技術の伝達に銅を含んだ緑りょくばん礬を用いることを言及している。さらに一六三六年にベルナルド・チェージオ(Bernardo Cesi, 1581-1630)が、没もっしょくし食子、緑礬、アラビアゴム、ワインを混ぜて作ると記している(高梨 二〇一四、九〇頁)。一方で、グーテンベルグが蝋燭の煤すすをもとにインクを作ったという説もあり、塗料や油彩に用いられる亜アマ麻からとる油(亜アマ麻仁ニゆ油)、松脂(テレピン油)など樹脂を用いたとの説もある(Restrepo Zapata 2014)。十八世紀になって、黒さを強調するために硫酸銅を混ぜるようになった(Basterretxea Bitorika 2004:48 )。基本的には、筆記用のインクに油分を加えたり、逆にもともと油分の多い液に墨を混ぜたりして、印刷用の黒インクを作ったということである。メキシコにはもともと植物から様々な色を抽出する技術があったが、油分を含むものがあったかどうかは確認できない。一方、フィリピン諸島には、「インクの木 palo de tinta」があり(アゴンシリョ一九七七、二〇頁)、日本、マカオ、タイの商人たちが買っていったという(Ministerio de Fomento 1877: 641)。しかし、このインクが印刷用であったかどうかは定かではない。製紙の技術の起源は不明とされながらも、中国後漢朝について記された『後漢書』には、もともと竹簡を連ね、その後は絹を用いていたこと、蔡さいりん倫という名の宦官が工夫して、樹皮、麻クズ、布端、漁網を用いて紙をつくり、皇帝に献上したことが記されている(井上 二〇〇二、四〇―四二頁)。蔡倫は、宮廷の用具製造所に勤務していた。そこで、寄せ集めの繊維を搗ついてつぶし、薄く広げて、水分を除去して、紙を作っていた(藤枝 一九七二、一二六―一二七頁)。この紙は中国から西へ伝わり、高こうしょう昌のトルファン盆地にも文書が見つかっている。こうした文書には、漢文、ウイグル語、インド系・イラン系の古語や死語が書かれている。ウイグル人がイスラームに改宗すると、アラビア文字も用いられた(藤枝 一九七二、一七七―一七八頁)。西域交易が発達した頃、紙の材料には古い麻が使われていたが、唐の時代になると、楮こうぞの樹皮が使われるようになった。しかし、麻紙に比べて楮紙は質が落ちる(藤枝 一九七二、一八二頁)。活字は丈夫であったが、バレンで刷ると、紙が破れるため、紙は厚手のものが使われた(藤枝 一九七二、二六七頁)。紙の歴史において、古代エジプトにおけるパピルスの存在も忘れてはいけないが、この中国の製紙技術はまずイスラームへ伝わった。その担い手は、七五一年のタラス河畔の戦いで捕虜になった唐人たちであった。その後、イスラームからスペインを介してヨーロッパに広まった。前述の通り、中国の紙は主に麻を原料としていたが、ヨーロッパでは木綿が使われた。イベリア半島では、もともとムスリムたちが製糸業に関わり、イスラーム支配下の十二世紀には布切れを細かく切って紙を作っていた。一六〇九年にモリスコ(キリスト教徒に改宗したムスリム)が追放されると、紙漉き職人が激減し、それとともに製紙業も低迷した。そのため、イタリアやフランスからの輸入に頼るようになっていった。こうした状態は十七世紀になっても続いていた。王室は、製紙業にたずさわる職人の海外への流出をふせぐために法的措置をとって保護したが、組合を持たなかったこともあり(Hidalgo Brinquis 2006:210-211)、製紙業の発展が抑制された側面は否めない。しかし、活版印刷の普及とともに紙の需要が増すと、手漉きでは間に合わず、ヨーロッパでは水車や風車を利用して木綿を叩く(叩解)仕組み(スタンパー)が開発された。製紙用水車小屋でも、主人と作業人が家族とともに住み込んでいた。作業は注文に応じて行われたため、労働時間はまちまちであった。水車を設置した川べりでの生活であったため、湿気や悪臭、水車の音で耳を悪くするなど、死亡率も高かったが、その分、給金はよかったという(Hidalgo Brinquis 2006:206)。フェリペ三世治世下、カタルーニャやバレンシアでは原料となる布屑が域外に流出することを禁じ(Hidalgo Brinquis 2006:212)、フェリペ四世は自国の製紙業の活性化を図るため、一六二二年、サラマンカ大学学長に宛てて、トルメス川に水車を建設するように書簡を出している(Hidalgo Brinquis 2006:208-209)。王室にとって、印紙(papel sellado)に対する課税は重要な収入源であったため、国王直々に製紙産業の振興を要請をしたということだろう。(19)(20)(21)

元のページ  ../index.html#59

このブックを見る