46異なる可能性がある2 印刷の実際2・1 印刷機十一世紀半ばの中国の宮廷には畢ひつ昇しょうという名の金工がおり、この人物によって活版印刷が始まっている。この印刷方法は、松まつやに脂や紙の灰を載せた鉄板の上に鉄の枠にあらかじめ活字を組み、火であぶって、活字が動かないように定着させたところへインクを落とし、紙を敷き、バレンで馴染ませて刷る方法であった。これによって、紙は破れないようにと厚手のものへ、インクは墨から、厚手の紙に馴染みやすい油性になった(藤枝 一九七二、二六一―二六二、二六七頁)。一方、スペインからメキシコへ運ばれた印刷機はいわゆるグーテンベルグ活版印刷機である(図1)。この印刷機はもともとワインやオリーブオイル造りのためにヨーロッパで使われていた絞り機を転用している。ネジ方式によって上から押圧することで、インクを紙に染み込ませるという仕組みになっている。グーテンベルグはこれを一四三九年にストラスブールでコンラッド・サスパッチ(Konrad Saspach)という人物に発注した(藤枝 一九七二、一八二頁)。印刷機は頑丈なオーク材を使った木製で、ネジや回転棒、プレス部分などは鉄製であった(藤枝 一九七二、一九一頁)。組み立て式であったため、輸送は難しくなかった。機械の形や大きさは一律で、高さ二〇二センチメートル、圧縮棒を含めて幅一三三・五センチメートルで、重さは三二二キログラムであった(藤枝 一九七二、一八八―一八九、一九一頁)。このグーテンベルグ印刷機はとくに改良が加えられることもなく、一八〇〇年にイギリスで鉄製の印刷機が開発されるまで使われた。グーテンベルグ活版印刷機の特徴は、それまで高麗朝鮮や中国で使われていた木版印刷と異なり、活字が金属で造られたことで耐久性が上がったことにある。当時はすでに鋳型による金属細工の技術が確立されていたため、金属活字の材料として鉛と錫、アンチモンを混ぜた合金が採用された。鋳型(母型)は砂を固めたものではなく、真鍮を使ったものを採用して、品質精度の高い活字を鋳込めるように工夫が施された。もちろん活字の大量生産が可能になった。印刷の準備は、まず、活字を用意し、組版を行う。その組版の上に、インクを施す。インクは、馬のたてがみをガチョウの革でくるんだ巨大なバレンにつけ、馴染ませる。このバレンはボクシングのグローブのような丸型で、人の顔ほどの大きさである。このバレンをそれぞれの手に一つずつ持って、インクを組版の上から下、下から上としっかり塗布する。紙を組版の上にセットし、プレス機の下に入れ、棒を水平に動かしてプレスして、印刷する。では、印刷機はスペインや植民地で製造されたのだろうか。もともとスペインから(17)(18)図1 グーテンベルク活版印刷機(複製)写真提供:兵庫県印刷工業組合
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