33文書を『読む』ことして地図に書いてある地名を指差し、実際と比べてみるというやり方だったはずである。「同じ」は検察官と通詞が確認しただけではなく、参加した人々が皆、それぞれの文書と地図をチェックした上で他の村の代表とともに「同じだ」とみなしたことを指しているのである。さて、ここで「音読」についてさらに考えてみることにしよう。まずこの行為は複数の参加者の眼の前で行われていることに注目したい。マヤ社会では、伝達手段はほとんど口頭によっていたから識字率は絶対的に低く、読み書きができる人間は村役場の書記の他にはよくて数人というのが普通であった。したがって、先スペイン期から絵文書や碑文は声に出して人々の前で読まれており、これは植民地時代に入ってスペインが確立した文書作成・管理体制の中に組み込まれても変わらなかった。その中にあって、いくつかの文書に様々な記号が用いられていたことは、それが「声に出して人々の前で読まれる」ことを前提として書かれたものだとみなすことができ、これを使って「どう読むか」は「読み手」の腕の見せ所であったろう。したがって、これを聞いていた村長や村役人たちが、音読される内容をどのように受け止めていたのだろうかを考察する必要がある。これを議論するために、再度上に論じた「マニ地方土地権原証書(Ⅰ)」と「カルキニ文書」、そして「マニ地方土地権原証書(Ⅱ)」にある間接・直接引用文を例に、それが持つ意味についてさらに考えを進めていこう。まず、「マニ地方土地権原証書(Ⅰ)」は、すでに述べたように本文が三人称で書かれているから、叙述内容は「誰にも依存しない中立的、普遍的視点(立場)を提供」していることになる。そして、会議に参加した村長らの間で交わされた会話が間接引用されていても、三人称で書かれているが故に、これが声に出して読まれた時には、実際に話された「雰囲気」よりも発話された内容が極めて抽象的に、同時に「今」を生きる人々とは距離のある、権威を濃厚に感じさせる、したがって信頼性のおけるものと聞こえてくるのである。その中で繰り返し発話されるドン・フランシスコ・デ・モンテーホ・シウの名は、参加村長達の間での合意をもとに策定された境界線を正当化する(Okoshi Harada 2017b:179)、植民地時代のインディオ世界(República de indios)において秩序(tzol)を構築した「没人間的、原初の存在44444」として広く認識されていたのである(Okoshi Harada 2017c:228-232)。そしてこれを検察官は、意識するとしないとにかかわらず利用し、また同時に先住民と認識を共有していたわけだ。それは「マニ地方土地権原証書(Ⅰ)」の存在を人々がどう認識していたのかに関わってくる問題だ。この文書は植民地時代のユカタン総督府領で生きるマヤ人にとって、新しい秩序を持つ世界が一方でもちろんスペイン人によって、しかし他方でモンテーホ・シウの主導によって創造されたことを記すものとして理解されていたのはほぼ間違いがなく、この文書を音読することは、その「始原44」の時を再現・現前させることを意味していた。だからこそ、それを聞く参加者はその内容に異議は唱えないのであり、また同時に植民地時代を通じて信を置き続けたのであった。次に、「音読」のもう一つの効果を、会議の会話を直接引用に置き換えている「マニ地方土地権原証書(Ⅱ)」を用いて考えてみよう。55. dzocan tun u tumticob Entonces, consideraron56. ca yalahob yanil u nah [y] dijeron que era necesario57. u yemçicob [que] hiciesen a bajar58. yuulçicob [e] hiciesen a llegar59. u governadorilob cahob a los gobernadores de los pueblos.60. ti c alahe Nosotros dijimos.(11)
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