2691. de mill y quinientos 88 años. de 158892. yan ca ti hunmolhob fue cuando se reunieron93. almehenob. los nobles:94. don Melchor Coba. don Melchor Cobá95. yetel u chun thanob. y sus chun thanes96. yetel don Alonso Xiu. así como don Alonso Xiu97. tal P’uztunich que vino de P’uztunich98. yetel u chun thanob. con sus chun thanes.99. ti hunmolob. Se reunieron100. uay yokol. aquí junto a101. akal. la aguada de102. Yiba lae Yibá.この文書はハイフンの代わりにピリオッドを用いている。そしてここでも、韻文の行分けとピリオッドの打ち方は一致している。また、複数語尾の-obが行末に繰り返し使われているのは脚韻を踏んでいると考えていいだろうし、95行目と96行目、98行目の行頭に見られる接続詞yetelは頭韻だとみなすことができる。さらに、94行目と95行目、96行目と98行目は並行表現になっており、意味論的に「人名+(出身の村)+同行した人々の身分」が強調されている。以上二つの例が示す通り、多用されている様々な種類の記号群は、ほとんどの場合ハンクスが示した韻文分割の基準に見事に符合している。また、韻文にすることで頭韻や脚韻、並行表現などの修辞技法の使用が明確になることから、少なくともこれまで指摘されてきた様に、マヤ人書記が「音読された」テキストの内容を書き取った証である可能性を考える余地はある(Christensen 2016; Edmonson and Bricker 1985; Hanks 2010)。つまり、あるテキストがあらかじめ存在していて、それを音読したものを写し取り、同時に読み手が休止(ポーズ)を入れたところに、ハイフンなりピリオッドなどが記入されたのではないかというわけだ。だが、この問題は先スペイン期にどの様にマヤ文字テキストが読まれていたのかということと関連させて考える必要がある。十六世紀以前の先住民社会において、文書を「読む」ことは「音読」することを意味した。例えば、ユカタン・マヤ語では「読む」に相当する動詞はショク(xoc)であり、「数える、物語る、読む」という意味を持っているのだ(Diccionario de la lengua maya 1866-1877:396-397)。これは、マヤ文字で記されたテキストが、最小限の「基本的情報」のみを記載しているにとどまり、それをより豊かにする情報は全て口頭で伝達されていたことと関連している。さらに、「読む」ことは現代の様な個人的な行為ではなく多数の聴き手を前にした演劇的行為であり、発話する際の抑揚はもちろん、リズムをつけて様々な表情をして見せ、時には楽器の演奏や踊りを伴うことで書かれている内容に力を与え、はるかに豊かな情動的情報を伝えるものだったことも見逃してはならない事実だ(Nájera Coronado 2007:11)。現代における芝居、あるいは広く演劇と同じようなパフォーマンスを伴っていたものだったと考えると分かりやすいだろう。だからこそ、聴衆は全感覚器官を通してそれを体感し、より深い感動を受け、それを共有する村人としての帰属意識が醸成されるのであった。さて、「音読されたテキストの内容を書き取った」とは、実際にはマヤ文字で書かれた先スペイン期起源の絵コデックス文書文書の内容を声に出して読んで、その
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