IELAK_Publication_Series1_tate
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23文書を『読む』こといるし、その使い方には規則性がない。時にハイフンが使用されなかったり、恣意的に単語を分割したりしているのだ」と述べるに留まっている(Barrera Vásquez 1965b:14)。同じ文書についての最近の研究も、これについては全く触れていないし(Meléndez Guadarrama 2008; Nájera Coronado 2007)、私自身も『カルキニ文書』とその歴史学的分析を出版した際に、ハイフンや等号の多用には気づいてはいたものの、取り立てて議論しなかった(Okoshi Harada 2009)。また、文書テキストを韻文に分かち書きした際に検出できる様々な修辞学的特徴についての研究は一九八〇年代から行われてきたが(Arzápalo Marín 1987; Edmonson and Bricker 1985; Hanks 1989, 2010; Okoshi Harada 1993, 2009; Quezada and Okoshi Harada 2001)、これと記号とを結びつけてその意味を議論するには至っていない。先住民文書に見られるこの特徴に研究者がほとんど関心を寄せてこなかったのは、これらがマヤ社会の歴史を研究するための史料として専ら用いられてきたからである。私たち研究者の注意は常にその内容、用いられている言説構造や修辞的技法に向けられてきたのであり、これらの文書をいわば静的な、それを生産し筆写して用いていた先住民社会と切り離して分析してきたのだった。だが現実には、筆写されたということは、その時代に「必要性があった」からのことであり、実際に使図3 「マニ地方土地権原証書(II)」第1葉表の部分(Mani Land Treaty / Crónica de Maní:1r)図4 『カルキニ文書』第23頁部分(Okoshi Harada 2009:18)

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