22Land Treaty / Crónica de Maní)』の最初に収められている一五五七年八月十五日付の「マニ地方土地権原証書(Ⅱ)」では(図3)、ピリオッドが多く使われている。また、『カルキニ文書(Códice de Calkiní)』では、ハイフンと等号記号が多用されているのがわかる(図4)。これらの手稿本に見られる特徴は一目瞭然であるにも関わらず、これまで十分な注意が払われてこなかった。例えば一九四九年にThe Maya Chroniclesを出版したバレーラ・バスケスとモーレイは『チュマイェルのチラム・バラムの書』に頻出するコロンは、本文を「行分け」するための目印であったと考えていたようだが、それ以上の追求はしなかった(Barrera Vásquez and Morley 1949)。バレーラ・バスケスは、一九五七年に『カルキニ文書』を出版した際も、文書には図4に見るように多数のハイフンや等号が使用されているにも関わらず、これに言及していない(Barrera Vásquez 1965a)。ところが、一九六五年に出版した『ツィットバルチェ(村)の詩うたの書』の中では、さすがにハイフンが多用されていることを説明する必要があり、しかし「(文書を書いた先住民書記は)単語を分けるためにハイフンを使いすぎて(1)図1 『チュマイェルのチラム・バラムの書(Chilam Balam de Chumayel)』第4葉裏(f. 4v)(https://catalog.princeton.edu/catalog/3477029#view)最終閲覧日2020年3月20日図2 『ツィットバルチェ村の詩うたの書』Cantar 9 の部分。Barrera Vásquez(1965b:57)より抜粋
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