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21文書を『読む』こと3 文書を『読む』こと― ユカタン総督府領における土地権原証書の使用に関する一考察 ―大 越   翼はじめに十六世紀半ば以降、ユカタン総督府(Gobernación de Yucatán)領内の先住民社会では、アルファベット表記されかつ簡易化されたマヤ語を使って多くの種類の文書が作成された(Hanks 2010)。その大半は村参事会の書記(escribano)が総督府宛に書いた、あるいはそれとの関わりにおいて使われる公的な性格を持つ法的文書であったが、一方で教会に勤めていた先住民のmaestros cantoresらが秘密裏に作成した、共同体内で読まれ使われる文書群もあった(Collins 1977; Cunill 2008; Okoshi Harada 2017a)。もちろん植民地政府の役人や聖職者の目には触れない場で、である(Christensen 2016)。後者の内容は植民地時代の現実を反映しつつも、先スペイン期に遡る宗教や儀式、暦や歴史などマヤの伝統的なテーマにまつわるものだった。現在アメリカの図書館やメキシコ、グアテマラなどの古文書館などに保存・所蔵されている先住民文書は、植民地時代に作成されたこれらの文書のごく一部でしかない。その多くは十八世紀以降のもので、それでもユカタン地方の高い湿気や虫食いによってボロボロになり、火災、盗難、あるいは廃棄されることによって失われてしまったものも多い。ましてや十六世紀から十七世紀に書かれたもので現存しているものはさらに少ない。しかし、先スペイン期の文化を濃厚に受け継いでいるこの時期の文書のうち、土地権原証書(Títulos de tierras / Títulos primordiales de tierras)や宗教・儀式に関わる文書に関しては、植民地時代を通じてマヤ人達によって重要だとみなされ、何度も筆写されている。現在知られている文書は、そのほとんどが十八世紀後半から十九世紀前半に筆コピー写されたものである。ただ、現代のコピーが文書の「忠実」な複製であるのに対して、マヤ人書記らは筆写する文書の内容に関して、その時点での必要性に応じて取捨選択、一部の改竄やテキストの追加などを行なっていたことは知っておく必要があるだろう。これらの文書は、作成された、あるいは筆写された時点において「意味のある」内容になっていたのである(Okoshi Harada 2018)。さて、これらの十六世紀にまで遡る歴史を持ついくつかのマヤ文書の手稿本(manuscritos)を詳細に検討すると、そこには単語(群)を分けるためのピリオッド、コロン、セミコロン、ハイフン、等号記号などが多用されているのに気づく。他の文書がスペイン語の書式の影響を受け、十七世紀後半から徐々に確立されていくスペイン語の正書法に対応していくのとは対照的である。たとえば、先住民共同体内で読まれることを目的として書かれた『チュマイェルのチラム・バラムの書(Chilam Balam de Chumayel)』第四葉裏を見てみよう(図1)。本文中にコロンが多用されていることがわかるはずだ。次の例は、同じ性格を持つ『ツィットバルチェ(村)の詩うたの書(El libro de los Cantares de Dzitbalché)』の一部だ(図2)。ここではコロンではなく、ハイフンがほとんど単語ごとに記されている。これらの記号の使用は、植民地政府に提出された法的文書である土地権原証書にも見て取れる。たとえば、『マニ地方土地協定文書・マニ村年代記(Mani

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