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9先スペイン期アメリカ地中海の交流に関する考古学的研究ている。このような河川交流が沿岸交流とも結びついていたことは十分に考えられる。3・2 アメリカ地中海中部アメリカ地中海北部からユカタン半島、その東側から大アンティ諸島に囲まれた水域である。ユカタン半島側ではマヤ文明が栄えた。マヤ文明についてはあらためて説明する必要はないが、スペイン人のカリブ海到達当初はイスパニューラ島を拠点としてカリブ海沿岸、中米地峡、南米海岸部に彼らの探検と侵略は限られていた。一六世紀初頭にユカタン半島にとりついたスペイン人たちも内陸部には踏み込めず、おもに沿岸部での活動であったことから、内水面での船の交流が有効であった。マヤ文明の威信材であるヒスイも河川と大きく関わる。原産地はカリブ海(現グァテマラのリビングストン)に注ぐモタグア川の中流域であり、採掘されたヒスイが河川を通して内陸、あるいは沿岸部を経由して東はコスタリカまで広がったとされている。一方、二〇一五年ナショナルジオグラフィックから、ホンジュラス東部のモスキティアの密林の中からLIDERを使って確認されていた遺跡の概要が発表された(ダグラス・プレストン 二〇一六)。この遺跡からは、メソアメリカ古代文明の文化要素とは異なる遺物が発見されている。とくに祭祀メタテとよばれる装飾付き石皿が墓にともなって出土しているが、これは明らかにアメリカ地中海中部〜南部の特徴である。祭祀メタテは、パナマ、コスタリカ、ニカラグアを中心に広く分布する。多くがジャガーなどのネコ科の動物を表象しており、頭部と尾部が明確で、背中部分がメタテの研面・作業面にあたっている。また、周辺を幾何学的な文様で飾るものもある。平面形には長方形と円形があり、円形のものはパナマを中心に分布する。もともとメタテの機能は、トウモロコシなどをすりつぶすための道具であるが、祭祀メタテの用いられ方を見ると、墓の被覆石として使われたりしていることもあり、明らかに別の機能を有するものとして製作されたものであろう。たとえば石皿部分でトウモロコシがマサに変化する。あるいは根茎類がデンプン粉食に変化するという機能が、別の意味、価値に変化する。墓の事例では再び生まれ変わるという意味を持って用いられていると考えられるのではないだろうか。一方、中米〜カリブ海地域の先住民文化にみられる権威の象徴として椅子があることをもとに、祭祀メタテを玉座とみることもできる。玉座はメソアメリカ地域において権威の象徴としてしばしば図像にも描かれているが、現時点では憶測の域を出ない。しかしながら、メソアメリカを代表する威信材としてのヒスイが、アメリカ地中海を経由して東部にまで拡散していることに対して、メソアメリカ地域とはことなる中部東部の文化が西側へ広がるという事実は、アメリカ地中海内水面での交流の活発さを表すものとして強調しておきたい。3・3 アメリカ地中海東部中米地峡側から小アンティラス諸島、南米に囲まれた水域である。地峡側では、ニカラグア中部山地内で実施しているプロジェクト・マティグアスによる考古学調査によってカリブ海へ注ぐ河川による交流、およびカリブ海側の自治区において進めている考古学調査では、沿岸交流に関係する資料の発見に努めている。(9)

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