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ガブリエラ・ミストラル(Mistral, Gabriela)1889-1957
 女流詩人で外交官。最初は教職につき、詩集『悲嘆』(1922年)によって才能が認められた。その後、『破壊』(1938年)や『ぶどう桶』(1954年)など、人間の愛と苦悩を表現した作品を発表した。1945年にラテンアメリカで初めてのノーベル賞を受賞している。
 
マヌエル・ロハス(Rojas, Manuel)1896-1973
 ラテンアメリカのリアリズムを代表する作家。苦労をして生活した経験を糧に短編『ラグーナ』が認められ、作家としての地位を築いた。国民文学と言われる『泥棒の息子』(1951年)は彼の代表作で、国際的にも有名である。
 
マルタ・ブルネー(Brunet, Marta)1901-1967
 チリの作家。同国のみならず、広くラテンアメリカにおける女流文学の重鎮と言われている。短編『鏡』において、伝統的社会の中で自己を実現できない女性を描いた手法は見事なフェミニズム文学として評価される。
 
パブロ・ネルーダ(Neruda, Pablo)1904-1973
 パラル出身の詩人。『熱狂的な投石兵』(1933年)を発表後、インド大使となり、東洋での経験を『地上のすみか』(1933年)に現した。国会議員、弾圧、亡命を経験する中で『大いなる歌』(1950年)などを意欲的に発表し、1971年にはノーベル賞を受賞した。
 
マリア・ルイサ・ボンバル(Bombal, Maria Luisa)1910-1980
 13歳でフランスに渡り文学を学んだ。帰国後、一時ブエノスアイレスに移り、長編小説『最後の霧』(1935年)や『経帷子を着た女』(1938年)でボルヘスに認められた。その後、いくつかの短編を発表したが作家としての活動は行わなかった。
 
ブラウリオ・アレナス(Arenas, Braulio)1913-1988
 コキンボ州ラセレナ市生まれの詩人・小説家。高校時代からシュルレアリスト(超現実主義)・グループを結成して文学活動を行い、その後もチリにおいてこの運動のリーダ的存在であった。『パースの城』(1969年)は彼の代表作である。
 
ビオレータ・パラ(Parra, Violeta)1917-1967
 ニュブレ州チジャン市出身のフォルクローレ歌手。チリ国内を回って伝承民謡を収集し、ヨーロッパで紹介した。代表作といわれる詩集『人生よありがとう』は十行詩にのっとって書かれた彼女の自伝である。
 
ホルヘ・エドワーズ(Edwards, Jorge)1931-
 サンチアゴ出身。チリ大学で法律を学び、外交官になった。フランスやキューバに勤務したがピノチェト政権樹立後に解任され、一時スペインで生活した。小説『好ましからざる人物』(1973年)で認められた。短編に定評がある。
 
アントニオ・スカルメタ(Skarmeta, Antonio)1940-
 小説家。ピノチェト政権の樹立によって国外に逃れ、1988年に帰国する。チリの詩人パブロ・ネルーダを扱った『イル・ポスティーノ』(1985年)があり、イタリアで映画化された。
 
アリエル・ドルフマン(Dorfman, Ariel)1942-
 アルゼンチン生まれのチリ人。文学評論や児童文学解説の分野で活躍し『ドナルド・ダックを読む』で注目された。1973年以降のピノチェト政権による弾圧から逃れ、オランダに亡命。その後は帰国して文学活動を行っている。
 
イサベル・アジェンデ(Allende, Isabel)1942-
 ペルーで生まれ、リチで育った。クーデタで失脚したアジェンデ大統領の姪で、1988年以降はアメリカに移る。1973年のクーデタ前まではジャーナリズムで活躍し、1982年の『精霊たちの家』で注目をあびた。あらすじを作るうまさには定評がある。
 
ルイス・セプルベダ(Sepulveda, Luis)1949-
 小説家。アジェンデ政権がピノチェトのクーデタで崩壊した後、二年間にわたって投獄された経験をもつ。ドイツでの滞在生活が長く『パタゴニア・エクスプレス』や『ラブ・ストーリ』などの作品がヨーロッパで評価され、多くの賞を受賞しているという。


人物紹介の参考文献
 『ラテンアメリカを知る事典』(平凡社、1999年)
 その他、各作品が収録された著作の原作者紹介ページ。

ビセンテ・ウイドブロ(Vicente Huidobro)1893-1948
ニカノール・パラ(Nicanor Parra)1914-