このページは本学図書館の所蔵資料で、明治から昭和にかけて登場した日本研究者による和洋図書の書誌データベースです。
各カテゴリーの人名は五十音順に記述しています。また、NIPPONALIAとは本学図書館所蔵の「西洋言語で書かれた日本研究書」のコレクションを言います。
未所蔵の検索項目は「調査中」としています。
なお、この人名項目の作成については、新堀通也監修 『知日家人名辞典』 (有信堂 1984年) を参考にしています。
さらに本データベースの編集は三好恵理さん (2015年度英米語学科卒)、絵は小川遥香さん (2015年度英米語学科卒) にご協力いただきました。

            (2016年3月公開)
            現在の知日家は 420人 です。


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世界の知日家とその書物


 
ア行     現在、 13人 です。


 
  アウエハント, コルネリウス  (Cornelius OUWEHAND, 1920-1996)
     オランダの文化人類学者である。ユトレヒト、ライデンの両大学で学び、その後ライデン国立民族学博物館で日本部門主任となる。1968年からチューリッヒ
   大東アジア学科の教授を勤めた。

   
 
  アキタ, ジョージ  (George AKITA, 1926-)
     アメリカの歴史学者である。ハワイ大学を卒業し、1957年から5年間、米国政府研究員を勤めた。その後は母校ハワイ大学の教授となった。

   
 
  アグノエール, シャルレ  (Charles HAGUENAUER, 1896-1976)
     フランスの考古学者、哲学、民俗学、言語学者である。1924年から11年間は日本に滞在しており、国立高等研究学院で教鞭を執り、日本文学の翻訳も行
   った。1953年にソルボンヌ大学の教授に就任した。

   
 
  アダチ, バーバラ  (Barbara ADACHI,1924-)
     アメリカの在日文楽研究家である。中国生まれであり、マサチューセッツ, スミス・カレッジを卒業している。1946年から日本に住むようになった。

      
 
  アダムズ, アンディ  (Andy ADAMS, ?-?)
     アメリカのジャーナリストである。英文相撲専門誌Sumo Worldの編集人兼発行人であり、ジャパンタイムズでは相撲を担当している。

   
 
  アチソン, ジーン  (Dean G ACHESON, 1893-1971)
     アメリカの元国防長官である。エール大学、ハーバード大学を卒業し、弁護士を務めた。1933年に財務次官となり、その後サンフランシスコ対日講和会議
   長となった。1961年にNATO顧問団長に就任した。

   
 
  アベグレン, ジェームズ  (James C ABEGGLEN, 1926-2007)
     アメリカの社会学者である。シカゴ大学、ハーバード大学を卒業し、その後はマサチューセッツ工科大学で教鞭を執った。また上智大学では外国語学部の
   教授を勤めた。

   
 
  アベル, ダニエル (Daniel HABEL, ?-?)
     フランスの実業家である。パリ商科大学、政治学学院で国際経済学を学び、日本にはフランスの貿易会社副支配人として2年間滞在した。その後、在欧多
   国籍企業の販売担当マネージャーに就いた。

   
 
  アーミティッジ, リチャード  (Richard ARMITAGE, 1945-)
     アメリカの政治学者である。海軍兵学校を卒業し、ベトナム戦争に従軍した。ブッシュ政権下においてアメリカの国務副長官を勤めた。

      
 
  アームストロング, マイケル  (Michel ARMSTRONG, ?-?)
     アメリカのコラムニストである。経済分析、国際ビジネスを学んだ。

      
 
  アリソン, ジョン  (John M ALLISON, 1905-1978)
     アメリカの元駐日大使である。駐日大使館付後学官、中国の領事を経験して大阪領事に就く。その後、アジア局長を務めた。1951年に来日し、1953年から
   4年間は駐日大使を担当した。

      
 
  アルトバック, フィリップ  (Philip G ALTBACH, 1941-)
     アメリカの社会学者である。ハーバード大学講師を務め、1975年からはニューヨーク州立大学の教授を勤めた。日本にはしばしば来日している。

      
 
  アレン, ロジャー  (Roger E ALLEN, 1945-)
     イギリスの実業家である。1972年に英国本社RSB社から日本へ派遣され、RSBジャパンの副社長を勤めた。


      
イ行     現在、 7人 です。


 
 
  イヴァノヴァ, ガリーナ  (Galina Dmitrievna IVANOVA, 1927-)
     ソ連の東洋文学研究者である。ソ連科学アカデミー東洋学研究所レニングラード支部 の学術研究員を勤めた。

   
 
  イアフォン, N  (N. A. IOFAN, 1925-)
     ソ連の歴史学者である。ソ連科学アカデミー東洋学研究所の学術研究員を勤めた。

      
 
  イスケンジェロフ, アクフメッド  (Akhmed Akhmedovich ISKENDEROV, 1927-)
     ソ連の歴史学者である。1955年にモスクワ大学を卒業し、ソ連科学アカデミー世界史研究所の教授に就いた。

   
 
  イナモト, ノボル  (Noboru INAMOTO, 1918-)
     アメリカの日本研究者である。南カリフォルニア大学で日本文化史と日本文化論の教鞭を執り、関西学院大学、ミネソタ大学などを卒業した。

   
 
  イノウエ, ダニエル  (Daniel Ken INOUE, 1924-2012)
     アメリカの政治家である。1950年にハワイ大学、1952年にジョージ・ワシントン大学を卒業する。2年後にはホノルルで弁護士を開業した。

   
 
  インタラタイ, クントン  (Khoontong INTARATHAI, 1941-2010)
     タイの経済学者である。カサセート大学を卒業し、その後母校の経済学部講師、6年後に助教授に昇進した。

   
 
  インモース, トーマス  (Thomas IMMOOS, 1918-2001)
     在日のスイス人宗教哲学者である。留学先のロンドン大学で日本文法を学び、1950年にロンドン大学東洋アフリカ研究員を卒業した。1958年からは上智大
   学文学部で教鞭を執る。


   
ウ行     現在、 7人 です。


 
 
  ヴァーレス, ヘスス  (Jesus Gonzalez VALLES, 1929-)
     スペインの宗教学者である。カトリック宣教師として1955年に来日し、その後南山大学でスペイン語の講師となった。

      
 
  ヴァーレフェルト, ハンス  (Hans Wilhelm VAHLEFELD, 1928-)
     西ドイツのジャーナリストである。フライブルク大学、ハンブルク大学、ミュンヘン大学で哲学、法律学、社会学を学んだ。

   
 
  ウィルキンソン, エンディミオン  (Endimion Porter WILKINSON, 1941-)
     イギリスの経済外交研究家である。1964年にケンブリッジ大学キングス・カレッジを卒業する。1970年にロンドン大学極東史担当講師を勤めた。

   
 
  ウェイリー, アーサー  (Arthur David WALEY, 1889-1966)
     イギリスの東洋学者である。ラグビー校を経て、1907年にケンブリッジ大学キングス・カレッジで学ぶ。1913年より大英博物館に学芸員として勤務した。

   
 
  ヴォーゲル, エズラ  (Ezra. F. VOGEL, 1930-)
     アメリカ社会学者である。1950年にウェズリアン大学を卒業した。その後ハーバード大学の社会関係研究所研究員として日本に留学した。

   
 
  ウォード, ロバート  (Robert Edward WARD, 1916-)
     アメリカの政治学者である。スタンフォード大学を卒業し、1950年に初めて来日した。その後、ミシガン大学の教授などを経て、スタンフォード大学の教授、
   国際関係研究センター所長を勤めた。

   
 
  ウォロノフ, ジョン  (John WORONOFF, 1938-)
     アメリカの国際ジャーナリストである。1965年にジュネーブ大学の国際関係所を卒業した。1962年以降は国連、ユネスコ、アフリカ経済委員会などで活躍
   した。


   
エ行     現在、 3人 です。


 
 
  エイソス, アンソニー  (Anthony ATHOS, ?-?)
     アメリカの経済学者である。ハーバード・ビジネス・スクール、ストラウス記念講座の教授を勤めた。

   
 
  エリセーエフ, バディム  (Vadime ELISSÉEFF, 1918-2002)
     フランスの歴史家、東洋言語学者である。ソルボンヌ大学、国立東洋言語学校を卒業した。1944年から1年間は、在中国フランス大使館に勤務していた。

   
 
  エレンブルグ, イリヤ  (Ilya Grigorievich ERENBURG, 1891-1967)
     ソ連の小説家である。革命のため、一時パリに亡命していた。初めは国際主義的な詩や小説を書いたが、次第に資本主義社会を批判する作品も発表す
   るようになっていった。


   
 
オ行     現在、 7人 です。


 
  王学文  (おう がくぶん, 1895-1985)
     中国の経済学者である。1910年から1927年まで東京同文書院、第一高等学校予科、金沢第四高等学校、京都帝国大学経済学部、京都帝国大学院で学
   んだ。

   
 
  王芸生  (おう げいせい, 1899-)
     中国の著名な日本問題研究家、ジャーナリストである。学歴に関して詳しいことは分からないが、1956年原水爆禁止世界大会に出席するために来日した。

   
 
  王震  (おう しん, 1908-1993)
     中国の農業問題専門の政治家である。1927年に中国共産党に入党した。その後、国防委員会委員、人民解放軍副総参謀長を勤めた。

   
 
  オクラドニコフ, アレクセイ  (Aleksei Pavlovich OKLADNIKOV, 1908-1981)
     ソ連の考古学者、民族学者である。ソ連科学アカデミーシベリヤ支部歴史・文献学・哲学研究所所長を勤めた。

   
 
  オニール, パトリック  (Patric G. O’NEIL, 1924-)
     イギリスの日本語・日本文学研究者である。ロンドン大学東洋アフリカ研究学部で日本語を学び、1949年に東洋アフリカ研究学部の講師となった。

   
 
  オフチンニコフ, フセヴォロド  (Vsevolod Vladimilovich OVCHINNIKOV, 1926-)
     ソ連のジャーナリストである。モスクワ東洋大学で東洋学と中国語を学ぶ。その後は北京特派員や東京特派員を勤めた。

   
 
  オリガス, ジャンジャック  (Jean Jacques ORIGAS, 1937-2003)
     フランスの日本文学研究者である。パリ大学、国立東洋学校を卒業して、1968年よりパリ第三大学教授、国立東洋言語文化総合研究所の教授となった。


   

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カ行     現在、 11人 です。


 
 
  夏衍  (か えん, 1900-1995)
     中国の劇作家である。日本に留学し、北九州市にある旧制明治専門学校電気科を卒業し、1927年に中国共産党に入党した。その後は左翼作家連盟、左翼
   演劇家連盟の結成等文化戦線で活躍した。

   
 
  ガウクラー, エドゥアルド  (Eduard GAUGLER, 1928-)
     西ドイツの経済学者である。マンハイム大学で学長を勤めて、1980年に参加経営大会に参加するために来日した。

   
 
  ガウル, リヒャルト  (Richard GAUL, 1946-)
     西ドイツのジャーナリストである。西ドイツの週刊新聞『ディ・ツァイト』紙の編集委員を勤めた。

   
 
  カーカップ, ジェームズ  (James F. KIRKUP, 1918-2009)
     イギリスの詩人、旅行作家、脚本家、翻訳家、ブロードキャスターである。ダラム大学でスペイン語、フランス語、ドイツ語を学んだ後、ロンドンではグラマースク
   ールで、日本では京都外国語大学で教鞭を執った。

   
 
  郭沫若  (かく まつじゃく, 1891-1978)
     中国の文学者、歴史学者、政治家である。1914年に日本に留学し、九州帝国大学医学部を卒業した。その後は、留学生仲間と「創造社」を結成し救国の詩や
   文章を書いた。

   
 
  カーチス, ジェラルド  (Gerald L. CURTIS, 1940-)
     アメリカの政治学者である。ニュー・メキシコ大学を卒業後、1969年にコロンビア大学の助教授になり、その後、準教授となる。

   
 
  カブリン, ハイマン  (Hyman KUBLIN, 1919-)
     アメリカの政治学者である。1942年にハーバード大学卒業後、同大学で小笠原諸島をめぐる日米交渉史について博士号を取得した。

   
 
  カミングス, ウィリアム  (William K. CUMMINGS, 1943-)
     アメリカの教育社会学者である。ミシガン大学では日本語を学び、1965年に卒業した。1972年からシカゴ大学の助教授、その後はシンガポール国立大学上級
   講師に就任した。

   
 
  カリー, ウィリアム  (William Joseph CURRIE, 1935-)
     アメリカの在日日本文学研究者である。25歳から27歳まで日本語学校で学んだ。1972年から6年間、上智大学の専任講師を勤めた。

   
 
  カルダー, ケント  (Kento E.CALDER, 1948-)
     アメリカの政治学者である。1972年にハーバード大学で博士号を取得した。ハーバード大学の講師を勤め、1983年からはプリンストン大学の教授を経て1997年
   から2001年にかけて駐日アメリカ大使特別補佐官。その後、ジョンズ・ポプキンス大学ライシャワー東アジア研究所所長となった。

   
 
  カーン, ハーマン  (Herman KAHN, 1922-1983)
     アメリカの未来学者、物理学者、数学者、戦略研究家である。カリフォルニア大学、カリフォルニア工科大学で物理学の修士号を取得した。


   
キ行     現在、 5人 です。


 
 
  キタノ, ハリー  (Harry H. L. KITANO, 1926-)
     アメリカの日系の社会福祉学者である。1948年にカリフォルニア大学バークレー校を卒業し、その後カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授、ハワイ大学の
   客員教授を勤めた。

   
 
  ギブニー, フランク  (Frank GIBNEY, 1924-)
     在日アメリカ人ジャーナリストである。エール大学、コロンビア大学でギリシャ古典と哲学を学んだ。卒業後は海軍へ入隊し、海軍語学校で日本語の訓練を受け
   た。

   
 
  許幸之  (きょ こうし, 1904-1991)
     中国の画家、西洋美術史家である。上海美術専門学校を卒業して、1924年に日本に渡った。1925年から5年間、東京美術学校で学んだ。

   
 
  ギラン, ロベール  (Robert GUILLAN, 1908-1998)
     フランスのジャーナリストである。ソルボンヌ大学で政治学を学び、1938年から1946年までは滞日していた。その後はタイなどで、国際ジャーナリストとして活躍
   した。

   
 
  キーン, ドナルド  (Donald KEENE, 1922-)
     アメリカの日本文学研究者である。コロンビア大学に入学して比較文学、中国語、日本語を学んだ。1950年にケンブリッジ大学の副講師として採用される。


   
ク行     現在、 12人 です。


 
 
  グーテンベルク, エーリッヒ  (Erich GUTENBERG, 1897-1984)
     西ドイツの経済学者である。イエーナ大学、フランクフルト大学の正教授を勤めた。1959年に来日し、日本企業の実情を観察した。

   
 
  クーデンホーフ・カレルギー, リヒャルト  (Richard N. COUDENHOVE-KALERGI, 1894-1972)
     オーストリア人でヨーロッパ運動の創始者である。ウィーン大学を卒業し、1944年にニューヨーク大学の教授になる。

   
 
  クーパー, マイケル  (Michal John COOPER, 1930-)
     在日イギリス人歴史学者である。ビューモント・カレッジ、ヘイスロップ・カレッジ、オックスフォード大学を卒業後に来日した。

   
 
  クライナー, ヨゼフ  (Josef KREINER, 1940-)
     オーストリアの文化人類学者である。1963年から1977年までウィーン大学、ボン大学などで講師を勤めた。またウィーン大学では日本語を学び、その後来日し
   た。

   
 
  クラーク, グレゴリー  (Gregory CLARK, 1936-)
     オーストラリアの在日研究者である。16歳でオックスフォード大学に入学し、地理学、民俗学を学んだ。卒業後はオーストラリア外務省に任官された。

   
 
  クラーク, ロドニー  (Rodney CLARK, 1945-)
     イギリスの人類学者である。1966年にオックスフォード大学を卒業した。その後、ロバート・フレミング社に就職し、日本駐在委員として約7年間、日本に滞在して
   いた。

   
 
  クリッシャー, バーナード  (Bernard KRISHER, 1931-)
     アメリカのジャーナリストである。ニューヨークのクイーンズ・カレッジを卒業し、コロンビア大東アジア研究所で日本語を学んだ。1963年にニューズ・ウィーク社に
   入社した。

   
 
  グリーン, マイケル  (Michael Jonathan GREEN, 1961-)
     アメリカの政治学者である。ジョンズ・ホプキンス大学助教授、のちに客員講師となる。2001年から3年間、アメリカ国家安全保障会議の日本・朝鮮担当部長を務
   めた。

   
 
  グルッセ, ルネ  (Rene GROUSSET, 1885-1952)
     フランスの東洋学研究者である。第二次世界大戦後、公の使節として来日した。セルヌシ博物館の館長を勤めた。

   
 
  グルーネンベルク, ニーナ  (Nina GRUNENBERG, ?-?)
     西ドイツのジャーナリストである。西ドイツ紙『ディ・ツァイト』編集委員を勤めた。

   
 
  グロータース, W  (W. A. GROOTAERS, 1911-1999)
     オランダの言語地理学者である。在日期間は30年近くになる。13歳でルーヴァン淳心会神学院に入学し、中国古代文学を学んだ。その後ルーヴァン大学で方言
   学を学ぶ。

   
 
  クロッペンシュタイン, エドゥアルド  (Eduard KLOPFENSTEIN, ?-?)
     スイスの日本文学・古典演劇の研究家である。チューリッヒ大東アジア研究所で教鞭を執った。1972年から4年間来日していた。


   
ケ行     現在、 2人 です。


 
 
  ゲイン, マーク  (Mark GAYN 本名 Moe GINSBOURG, 1909-1981)
     アメリカの国際的ジャーナリストである。一時コロンビア大学で学ぶが、その後上海に移る。新聞連合上海支局勤務のため、来日した。

   
 
  ケーリー, オーティス  (Otis CARY 1921-2006)
     在日アメリカ人学者である。ディアフィールド・アカデミーを卒業後、アーモスト大学に進学した。1947年からは母校に勤めた。また、教育などの傍らで聖書の翻訳を
   行った。


   
コ行     現在、 6人 です。


 
 
  ゴードン, アンドリュー  (Andrew, GORDON, 1952-)
     アメリカの歴史学者である。デューク大学の教授を務め、現在はハーバード大学歴史学部の教授に就任している。

   
 
  コーニッキー, ピーター  (Peter Francis KORNICKI, ?-?)
     イギリスの日本文化研究者である。1970年以降たびたび来日している。1972年にオックスフォード大学東洋学部日本語学科を卒業した。

   
 
  ゴレグリャド, ウラジスラフ  (Vladislav Nikanorovich GOREGLIAD, 1932-2002)
     ソ連の文学研究者である。1972年からソ連科学アカデミー東洋学研究所レニングラ―ド支部上級学術研究員に就任した。

   
 
  コンデ, デービッド  (David W. CONDE, 1906-1981)
     アメリカのジャーナリストである。第二次世界大戦終戦後にGHQの映画課長となり、日本に滞在したが1947年に退去した。1964年にジャーナリストとして再来日
   した。

   
 
  コンドン, ジョン  (John CONDON, 1938-)
     アメリカのコミュニケーション学者である。ノースウエスタン大学を卒業して、日本では1969年から1979年まで国際基督大学で教鞭を執った。

   
 
  コンラド, ニコライ  (Nikolai Iosifovich KONRAD, 1891-1970)
     ソ連の歴史学者、言語学者である。1912年にペテルブルク大学、現代東洋アカデミーを卒業した。その後、キエフ商業専門学校やレニングラード大学に勤めた。

   
 
 
                                                                              人名インデックスへ戻る
サ行     現在、 6人 です。


 
  サイデンステッカー, エドワード  (Edward George SEIDENSTICKER, 1921-2007)
     アメリカの日本文学研究者である。コロラド大学を卒業後、同大学の海軍日本語学校で学ぶ。1977年よりコロンビア大学の教授となる。

   
 
  サージェント, ジョン  (John SARGENT, 1940-)
     イギリスの地理学者である。リーズ大学を卒業後、ロンドン大学の地理学の講師となる。たびたび来日している。

      
 
  サドラー, アーサー  (Arthur Sadler, 1882-1970)
     オーストラリアの日本研究者である。1922年より25年間にわたってシドニー大学の教授を勤めた。

   
 
  サポジニコフ, ボリス  (Boris Grigor’evich SAPOZHNIKOV, 1907-)
     ソ連の歴史学者である。1941年に軍政治大東洋研究学部を卒業した。中国の革命運動の研究によって歴史学博士となる。

      
 
  サンソム, ジョージ  (George Bailey SANSOM, 1883-1965)
     イギリスの外交官、歴史学者である。ドイツのギーセン大学、マールブルク大学で人文学を学び、1904年にイギリスの外務省に就職した。

   
 
  サンムガダス, アルナサラーム  (Arunasalam SANMUGADAS, ?-?)
     スリランカの言語学者である。ジャフナ大学タミール語学科の上級講師を勤め、1983年に国際交流基金の招きで来日した。


   
シ行     現在、 36人 です。


 
 
  ジィンケヴィッチ, アナトーリ  (Anatolii I. DINKEVICH, 1923-)
     ソ連の経済学者である。東洋学の高等教育を受け、モスクワ大学では日本の軍事に関する研究を行った。ソ連科学アカデミー東洋経済学研究所の教授を勤め
   た。

      
 
  シェラー, ペーター  (Peter SCHOLLER, 1923-)
     西ドイツの地理学者である。1946年よりベルリン大学とボン大学で地理学、歴史学、地質学を学ぶ。後にミュンスター大学の講師となる。

      
 
  シェルダン, チャールズ  (Charles D. SHELDON, 1918-)
     イギリスの歴史学者である。1945年から3年間、米海軍言語将校として滞日した。1953年に再来日して、京都大学で研究に従事した。

      
 
  シオリス, ジョージ  (George SIORIS, 1939-)
     ギリシャの日本研究者である。欧州議会のギリシャ代表を勤めた。

   
 
  シーデル, エリック  (Eric CEADEL, ?-?)

     イギリスの日本研究者である。ケンブリッジ大学で学び、同大学の講師として働いた。

   
 
  シーボルト, アレクサンダー  (Alexander George Gustav von SIEBOLD, 1846-1911)

     1862年に英国公使館特別通訳生として雇用された。その後、イギリスの正式な通訳、翻訳官に任命された。明治政府にお雇い外国人として40年間雇用された
   経験を持っている。

   
 
  シーボルト, ウィリアム  (William J. SEBALD, 1901-1980)
     アメリカの行政官である。1925年に海軍兵学校卒業後、駐日アメリカ大使館付語学将校として来日した。メリーランド大学で法律を学び、1939年まで神戸で弁護
   士を開業した。

   
 
  シムズ, リチャード  (Richard L. SIMS, ?-?)
     イギリスの歴史学者である。ロンドン大学東洋アフリカ研究学部の講師を勤めた。

   
 
  ジモーニス, ウド  (Udo Ernst SIMONIS, 1937-)
     西ドイツの経済学者である。フライブルク大学で法律を学び、1970年より1年間、東京大学経済学部客員研究員として滞日していた。その後、ベルリン工科大学
   の教授となった。

   
 
  謝冰心  (しゃ すいしん, 1900-1999)
     中国の女流作家である。福州女子師範予科、燕京大学で学んだ。卒業後は燕京大学で教鞭を執った。

   
 
  シャイブリ, ドナルド  (Donald H. SHIVELY, ?-?)
     アメリカの歴史学者、日本文学研究者である。ハーバード大学で学び、その後ハーバード大学東アジア言語・文明学科の教授となる。

   
 
  ジャクソン, ケネス  (Kenneth L. JACKSON, 1934-)
     アメリカの言語学者である。ヘンディックス大学を卒業後、1962年に来日して同志社大学の助教授となる。

      
 
  ジャクソン, W  (W. A. Douglas JACKSON, 1923-)
     アメリカの地理学者である。トロント大学、同大学院、ウィスコンシン大学大学院で学ぶ。1953年にアイオワ大学の助教授、1960年からはワシントン大学の教授な
   どを勤める。

   
 
  ジャネイラ, アルマンド  (Armand Martins JAREIRA, 1914-)
     前駐日ポルトガル大使、日本文学研究者である。1964年から1971年まで駐日ポルトガル大使を経て、駐イタリア大使を勤めた。

   
 
  シャピロ, アイザック  (Issac SHAPIRO, 1931-)
     アメリカの法律家である。1946年までは日本で過ごし、その後コロンビア大学で法学を学ぶ。卒業後、法律事務所ミルバンクに就職した。

      
 
  シャプレン, ロバート  (Robert SHAPLEN, 1917-)
     アメリカのジャーナリストである。ウィスコンシン大学、コロンビア大学を経て、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』に入社する。

 
  シャルコフ, アレクサンダー  (Aleksandr Mikhailovich SHARKOV, 1913-)
     ソ連の経済学者である。ソ連共産党中央委員会付属社会科学アカデミー講師を勤めた。

 
  ジャンセン, マリウス  (Marius B. JANSEN, 1922-2000)
     アメリカの歴史学者である。1943年にプリンストン大学を卒業し、ワシントン大学の教授を経て、1959年よりプリンストン大学で歴史の教鞭を執った。

 
  周作人  (しゅう さくじん, 1885-1967)
     中国の日本文学研究者、小説家である。1901年に南京にある海軍の洋式学校へ進んだ。1917年には北京大学校の文科教授となった。

 
  シュヴァーデ, アルカディオ  (Arcadio SCHWADE, 1920-)
     西ドイツの歴史学者である。イタリアのグレゴリアン大学を卒業し、1961年より上智大学史学科の講師を経て、その後同大学の教授となった。

 
  シュヴァルベ, ハンス  (Hans SCHWALBE, 1910-)
     1939年に来日し、6年間にわたって旧制松江高校でドイツ語の教鞭を執った。母国ドイツに帰国後は、ジャーナリストとして活躍した。

 
  シュヴィント, マルティン  (Martin SCHWIND, 1906-)
     西ドイツの地理学者である。ボッフム大学の地理学教授などを勤めた。

 
  シュナイダー, ローランド  (Roland SCHNEIDER, 1939-)
     西ドイツの日本語・日本文学研究者である。ハンブルク大学で学び、1970年よりベルリン自由大学の教授となる。

 
  シュルマン, フランク  (Frank Joseph SHULMAN, 1943-)
     アメリカの書誌学者である。ハーバード大学を卒業後、1976年よりメリーランド大学図書館東アジア部門の主任となった。

 
  ショー  (Seung-bog CHO, ?-?)
     スウェーデンの日本学者である。東京帝国大学を卒業後、ウプサラ大学で日本語の教鞭を執り、1963年にスットクホルム大学へ転任した。また、1年間京都大学の
   客員教授も勤めた。

 
  ジョ  (Yung-hwan JO, 1932-)
     アメリカの政治学者である。リンカーン・メモリアル大学に在学し、その後コロラド州立大学、デンバー大学に勤務する。

 
  肖向前  (しょう こうぜん, 1918-2009)
     中国の共産党員である。東京高等師範学校、東京文理科大学で学ぶ。その後、中日友好協会常務理事、駐日臨時代理大使などを歴任した。

 
  ジョルデン, エレノア  (Eleanor Harz JORDEN, 1920-)
     アメリカの言語学者である。コーネル大学の現代語・言語学科の教授を勤め、日本語教員協会会長、アジア研究学会副会長としても活躍した。

 
  ショレー, ジーン  (Jean CHOLLEY, 1940-)
     フランスの文学研究者である。パリ大学、パリ大学東洋語学校で学び、1966年に来日した。以後、愛知県立大学外国語学部で教鞭を執った。

 
  ジョーンズ, デービッド  (David JONES, 1915-2005)
     アメリカの実業家である。カリフォルニア大学を卒業後、1955にパンアメリカン航空に入社する。後に広報部極東支配人として来日を果たした。

 
  ジョーンズ, ハゼル  (Hazel J JONES, ?-?)
     カナダの法律学者である。ミシガン大学で博士号を取得し、アルバータ大学史学科の教授を勤めた。

 
  ジョンソン, U  (U. Alexis JOHNSON, 1908-1997)
     アメリカの外交官である。1935年に国務省に入省し、駐チェコ大使、駐タイ大使などを経て、1966年に駐日大使となった。その後、4年間国務次官も勤めた。

 
  シーリ, クリストファー  (Christopher SEELEY, ?-?)
     ニュージーランドの言語学者である。カンタベリー大学東アジア言語学科の上級講師を勤めた。

 
  シルバーマン, バーナード  (Bernard S. SILBERMAN, 1930-)
     アメリカの政治史学者である。シカゴ大学政治学科の教授、極東研究センターの研究員を勤めた。

 
  シロニー, ベンアミ  (Ben-Ami SHILLONY, 1973-)
     イスラエルの歴史学者である。ブライ大学より修士号を取得する。ヘブライ大学の講師を経て、1981年より同大学の準教授となる。

 
  シングルトン, ジョン  (John SINGLETON, 1930-)
     アメリカの教育人類学者である。バーリン大学を卒業後、1961年から3年間来日した。1966年からはピッツバーグ大学の準教授を勤めた。


ス行     現在、 24人 です。


 
 
  スインゲドウ, ヤン  (Jan SWYNGEDOUW, 1935-)
     ベルギーの宗教学者である。グレゴリアン大学を卒業後、南山大学文学部の助教授、南山宗教文化研究所員などを勤めた。

 
  スヴィリドフ, ゲオルギー  (Georgy Georgievich SVIRIDOV, 1948-)
     ソ連の日本文学者である。レニングラード大学東洋学部に在学し、在学中は国際交流基金の招きで数度来日した。

 
  スカラピーノ, ロバート  (Robert A. SCALAPINO, 1919-2011)
     アメリカの政治学者である。サンタバーバラ大学を卒業し、1949年にカリフォルニア大学バークレー校の助教授となった。

 
  スカリーセ, マリオ  (Mario SCALISE, 1924-)
     イタリアの日本語・日本文学研究者である。IsMEOロンバード支部の日本語講師を勤め、その後トリノ大学日本語・日本文学教授を併任した。
   1972年に国際会議出席のために来日した。

 
  スクシュイプチャク, エドムンド  (Edmund Robert SKRZYPCZAK, 1932-)
     オーストラリアの言語学者である。ロヨラ大学を卒業後、1958年から1966年まで日本に留学した。その後オーストラリア国立大学日本語学科の講師を勤めた。

 
  スタイナー, カート  (Kurt STEINER, 1912-)
     アメリカの政治学者である。31歳の時よりミシガン大学に置かれた陸軍日本語学校で学び、1944年より勤務についた。第二次世界大戦後、連合軍最高司令部民政
   局の一員として東京に在住していた。

 
  スタインホフ, パトリシア  (Patricia Golden STEINHOFF, 1941-)
     アメリカの社会学者である。スタンフォード大学で日本語、日本文学を学び、 ハーバード大学院に進学した。

 
  スティーズ, デービッド  (David STEEDS, 1935-)
     イギリスの歴史学者である。ブリストル大学を卒業し、グラスゴー大学の講師、ウェールズのユニバーシティ・カレッジの講師を経て、1966年に来日した。

 
  スティンチェクム, アマンダ  (Amanda Mayer STINCHECUM, 1941-)
     アメリカの織物研究者である。国際交流基金の招きで1983年に来日した。

 
  ステッツェル, ジャン  (Jean STOETZEL, 1923-)
     フランスの社会学者である。パリ大学の教授を勤めた。1951年から1952年までユネスコから派遣されて来日した。

 
  ステファン, ジョン  (John J. STEPHAN, 1941-)
     アメリカの歴史学者である。エール大学で日本語を学び、1963年にハーバード大学を卒業した。その後、早稲田大学の客員研究員を勤め、ハワイ大学の助教授に
   就任した。

 
  ストゥッキ, ローレンツ  (Lorenz STUCKI, 1922-)
     スイスのジャーナリストである。ベルリン大学、ウィーン大学で社会科学を学んだ。

 
  ストックウィン, J  (J. A. A. STOCKWIN, 1935-)

     イギリスの政治学者である。オックスフォード大学で学んだ後、オーストラリア国立大学に進学した。1982年よりオックスフォード大学ニッサン・インスティテュート教授
   を勤めた。

 
  ストラミジョーリ, ジュリアーナ  (Giuliana STRAMIGIOLI, 1914-1988)
     イタリアの日本文学研究者である。1936年以来30年近くにわたって滞日していた。その後、ローマ大学日本語・日本文学教授を勤めた。

 
  ストーリー, ジョージ  (George Richard STORRY, 1913-1982)
     イギリスの歴史学者である。1947年にオックスフォード大学を卒業後、同大学の教授を勤めた。

 
  スヌー, ハロルド  (Harold Hakwon SUNOO, 1918-)
     アメリカの歴史学者である。1943年にパサデナ大学を卒業後、ソウルの延世大学の教授に就任した。

 
  スパノン, ノーマン  (Norman J. SPARNON, 1913-)
     オーストラリアの生け花研究家である。メルボルン市商業大学を卒業後、ローマやチューリッヒなど世界各地で生け花の展示会、実演会を開いた。

 
  スミス, ヘンリー  (Henry D. SMITH Ⅱ, 1940-)
     アメリカの歴史学者である。1962年にエール大学を卒業し、ブリストン大学助教授などを経て、1976年よりカリフォルニア大学サンタバーバラ校の準教授を勤めた。

 
  スミス, ロバート  (Robert J. SMITH,1927-)
     アメリカの社会人類学者である。1949年にミネソタ大学を卒業し、コーネル大学の講師を経て、同大学の教授となった。

 
  スミス, シーラ  (Sheila A. SMITH, ?-?)
     アメリカの政治学者である。コロンビア大学で学び、その後東京大学や慶応義塾大学に研究者として在籍した。ワシントンにある日本大使館の職員を勤めたことも
   ある。

 
  スミス, トーマス  (Thomas C. SMITH, 1919-)
     アメリカの歴史学者である。サンタバーバラ州立大学、ハーバード大学などに学び、スタンフォード大学の教授となった。

 
  スメトハースト, リチャード  (Richard J. SMETHURST, 1933-)
     アメリカの歴史学者である。1955年にディッキンソン大学を卒業し、ピッツバーグ大学の準教授に就任した。
 
  スレスキー, ロナルド  (Ronald SULESKI, 1942-)
     アメリカの歴史学者である。1966年にピッツバーグ大学を卒業し、上智大学国際部客員教授などを勤めた。

 
  スワード, ジャック  (Jack SEWARD, 1924-)
     アメリカの日本語学者である。オクラホマ大学で日本語を学び、その後ミシガン大学を卒業した。以後は日本の会社に勤務し、滞日を続けた。


セ行     現在、 1人 です。


 
 
  ゼッケル, ディートリヒ  (Dietrich SECKEL, 1910-)
     西ドイツの美術研究者である。滞日中はドイツ語教師を勤め、その後ハイデルベルク大学美術史研究所東アジア部門教授に就任した。


ソ行     現在、 2人 です。


 
 
  ゾルブロッド, レオン  (Leon Max ZOLBLOD, 1930-1991)
     カナダの日本近世文学研究家である。ワシントン大学卒業後に、コロンビア大学大学院に進学した。その後、カンザス大学などの教授を勤めた。

 
  孫平化  (そん へいか, 1917-1997)
     中国の政治家である。1939年、東京工業大学付属予備部に入学した。中退後は、中国人民外交学会理事などを勤めた。


                                                                              人名インデックスへ戻る
タ行     現在、 8人 です。


 
  戴国輝  (たい こっき, 1931-2001)
     日本在住の中国人歴史家である。東京大学を卒業した後、立教大学文学部史学科の教授となった。

   
 
  タイラー, ローヤル  (Royall TYLER, 1936-)
     アメリカの日本語、日本文学の専門家, 能楽研究家である。ハーバード大学で日本語を学び、1967年に来日した。

   
 
  タカヤ, テッド  (Ted T. TAKAYA, 1927-)
     アメリカの文学者である。ワシントン大学大アジア言語・文学部日本文学の助教授に就任した。

   
 
  卓南生  (たく なんせい, 1942-)
     シンガポールのジャーナリストである。1966年から1973年まで早稲田大学、東京大学、立教大学で新聞学を学んだ。

   
 
  ダニエルズ, ゴードン  (Gordon DANIELS, 1937-)
     イギリスの歴史研究者である。現代極東史を学び、シェロフィールド大学の日本研究センターの上級講師に就任した。

   
 
  ダワー, ジョン  (John W. DOWER, 1938-)
     アメリカの歴史学者である。アマースト大学で学び、1958年に来日した。その後、アメリカ空軍での勤務を経験し、カリフォルニア大学などで教鞭を執った。

      
 
  ダン, チャールズ  (Charles James DUNN, 1915-)
     イギリスの日本研究者である。28歳の時、東洋アフリカ研究院で日本語を学び、1947年に母校の講師となり、後に教授となった。

      
 
  ダンプマン, ゲルハルト  (Gerhard DAMBMANN, 1927-)
     西ドイツのジャーナリストである。フランクフルト大学で法律学を学び、ニューオリンズ大学で政治学を学んだ。約12年間、アジアで生活を送ったが、うち7年間は東京
   に住んでいた。


      
チ行     現在、 5人 です。


 
  チェン, エドワード  (Edward CHEN, 1930-)
     アメリカの歴史学者である。1966年からボウリング・グリーン州立大学で3年間講師を勤め、その後6年間は助教授となった。日本にはたびたび来日した。

      
 
  チューマン, フランク  (Frank F. CHUMAN, 1917-)
     アメリカの日系弁護士である。カリフォルニア大学とメリーランド大学大学院を卒業し、法学博士となった。

      
 
  張香山  (ちょう こうざん, 1914-2009)
     1933年に東京高師本科に入学し、文学の勉強を行いながら、祖国救国運動に没頭した。1973年より中日友好協会副会長を勤めた。

   
 
  趙樸初  (ちょう ぼくしょ, 1907-2000)
     中国仏教界の最高指導者である。1955年に原水禁世界大会代表団員として訪日した。それ以降も毎年のように来日し、1961年には京都で行われた世界宗教者平
   和会議にも参加した。

   
 
  張友漁  (ちょう ゆうぎょ, 1899-)
     中国の日本問題専門家である。北京法政大学(現 北平大法商学院)を卒業し、1930年に中国共産党の支援をうけて来日した。その後日本大学を卒業して、『世界
   日報』の主筆を勤め、東京特派員として活躍した。


   
テ行     現在、 8人 です。


 
 
  ディモック, マーシャル  (Marshall E. DIMOCK, 1903-)
     アメリカの政治経済の専門家である。1966年から2年間、フォード財団訪問教授として国際基督教大学で研究した。

      
 
  ティルトマン, ヒューバート  (Hubert Hessell TILTMAN, 1897-)
     イギリスのジャーナリストである。『デイリー・エクスプレス』紙の最初の常駐特派員として来日した。太平洋戦争後は東京外国特派員協会の会長を3度勤めた。

      
 
  ディングマン, ロジャー  (Roger DINGMAN, 1938-)
     アメリカの歴史学者である。スタンフォード大学を卒業し、ハーバード大学の講師になった。その後、南カリフォルニア大学歴史学の助教授に就任した。

      
 
  デヴィドソン, ピーター  (Peter M. DAVIDSON,1934-)
     オーストラリアの歴史学者、教育学者である。21歳からロンドン大学で、25歳から京都大学で日本語を学んだ。1969年からはクイーンズランド大学の助教授となった。

      
 
  テクスター, ロバート  (Robert Bayard TEXTOR, ?-?)
     アメリカの文化人類学者である。日本占領軍の民間人職員として1946年に来日した。その後、京都第一軍司令部の民間教育情報官などを勤めた。

      
 
  デュアメル, ジョージ  (George DUHAMEL, 1884-1966)
     フランスの作家、文明批評家、医者である。1952年に来日し、医科大学で学んだ。第一次世界大戦中は軍医として従軍した。

      
 
  デュカキス, マイケル  (Michael Stanley DUKAKIS, 1933-)
     アメリカの政治家である。1955年にスワースモア大学を卒業し、アメリカ陸軍として韓国に派遣された。後に第65代および67代マサチューセッツ州知事となった。

      
 
  デューク, ベンジャミン  (Benjamin C. DUKE, 1931-)
     アメリカの教育学者である。ペンシルバニア州立大学、ロンドン大学で博士号を取得し、1959年に来日した。その後、国際基督教大学で教鞭を執った。


      
ト行     現在、 8人 です。


 
  杜宣  (と せん, 1914-)
     中国の劇作家である。1933年に来日し、東亜高等予備校で日本語を学んだ。その後、日本大学を卒業し、1963年には中日友好協会の理事に就任する。

      
 
  ドーア, ロナルド  (Ronald Philip DORE, 1925-)
     イギリスの社会学者である。1941年にロンドン大学の東洋アフリカ研究学院を卒業し、その後ブリティッシュ・コロンビア大アジア研究科の教授となる。

      
 
  陶晶孫  (とう しょうそん, 1897-)
     中国の医者である。9歳の時に来日し、1923年に九州大学医学部を卒業した。後に東北大学医学部で音響生理学を研究した。

      
 
  トケイヤー, マービン  (Marvin TOKAYER, 1936-)
     イエシバ大学を卒業後、1968年から1976年に日本ユダヤ教団のラビを勤めた。その後はイスラエルに帰国する。

      
 
  トムリンソン, J  (J. William C. TOMLINSON, ?-?)
     カナダの国際貿易研究者である。1968年にマサチューセッツ工科大学を卒業し、ブリティッシュ・コロンビア大学アジア研究所長を勤めた。

      
 
  ドラッカー, ピーター  (Peter F. DRUCKER, 1909-2005)
     アメリカのジャーナリスト、教育者、経営コンサルタントである。1931年にフランクフルト大学を卒業し、その後ベニントン・カレッジで哲学・政治学の教授、ニューヨーク
   大学の教授となる。

      
 
  ドリフテ, ラインハルト  (Reinhard DRIFTE, 1951-)
     スイスの政治学者である。19歳からボッフム大学で日本語を学び、その後東京日本語センター、早稲田大学で勉強を続けた。1979年から2年間はECコミッションに勤
   務した。

      
 
  トレイザス, フィリップ  (Philip Harold TREZISE, 1912-)
     アメリカの外交官である。ミシガン大学卒業後、1969年に日米残存輸入制限交渉主席代表として来日した。その後、米ブルッキングス研究所高級研究員を勤めた。


      
                                                                              人名インデックスへ戻る
ナ行     現在、 4人 です。

 
  ナイ, ジョセフ  (Joseph Samuel NYE Jr, 1937-)
     アメリカの国際政治学者である。1958年にプリンストン大学を卒業し、ハーバード大学で教鞭を執った。ハーバード大学で政治学博士の学位を取得している。
   その後、カーター政権で国務副次官、クリントン政権で国家情報会議議長などを務めた。

   
 
  ナカムラ, ジェームズ  (James I. NAKAMURA, 1919-)
     アメリカの経済学者である。1952年にコロンビア大学を卒業後、ニューヨーク・シティ大学、ハンター大学、フィラデルフィア大学を経て、コロンビア大学経済学の教授に
   就任した。

   
 
  ナジタ, テツオ  (Tetsuo NAJITA, 1936-)
     アメリカの歴史学者である。グリネル大学でヨーロッパ史を学んだ後、シカゴ大学歴史学科および東アジア言語・文明学科の教授となった。

      
 
  ナン, ゴッドフリー  (Godfrey NUNN, 1918-)
     アメリカの歴史学者、書誌学者である。インド駐留陸軍総司令部日本語学校、ロンドン大学で日本語を学び、1961年よりハワイ大学歴史学の教授となった。


   
ニ行     現在、 1人 です。


 
  ニッシュ, イアン  (Ian NISH, 1926-)
     イギリスの歴史学者である。第二次世界大戦後進駐軍の一員として来日した。1956年にロンドン大学を卒業後、シドニー大学の講師に就任した。


      
ネ行     現在、 4人 です。


 
  ネヴェーロフ, スヴャトスラフ  (Svyatoslav Vitalevich NEVEROV, 1924-)
     ソ連の言語学者である。1942年に北満州大学を卒業し、ソ連外務省を経て、モスクワ国際関係大学の教授となった。

      
 
  ネウストプニー, ジリ  (Jiri Vaclav NEUSTUPNY, 1933-)
     オーストラリアの言語学者である。カルル大学を卒業後、東京大学文学部に留学した。1966年よりオーストラリアのモナシュ大学日本語学科長を勤め、その後も毎年
   のように来日した。

      
 
  ネット, アントニオ  (Antonio Delfim NETTO, 1928-)
     ブラジルの政治家である。メディシ政権下で大蔵大臣を勤め、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度成長を達成した。

      
 
  ネラン, ジョルズ  (Georges NEYRAND, 1920-)
     フランスの宗教家である。サンシール士官学校、リヨン教区神学校を卒業し1952年に来日した。1983年より慶応大学でキリスト教概論を担当した。


   
ノ行     現在、 2人 です。


 
  ノスコ, ピーター  (Peter NOSCO, 1950-)
     アメリカの思想学者である。コロンビア大学、ケンブリッジ大学で学び、1975年より2年間滞日した。その後、セント・ジョーンズ大学の助教授を勤めた。

      
 
  ノーマン, エガートン  (Egarton Herbert NORMAN, 1909-1957)
     カナダの外交官、歴史学者である。神戸のカナダ学院、トロント大学などで学び、カナダ外務省に入省した。その後、1940年に駐日公使館語学官に就任した。


      
                                                                              人名インデックスへ戻る
ハ行     現在、 35人 です。

 
  バー, パット  (Pat BARR, 1934-)
     イギリスの女流小説家である。バーミンガム大学で英文学を学んだ。1956年から3年間にわたり、在日していた。

      
 
  ハインズ, ジョン  (John HINDS, 1943-)
     アメリカの言語学者である。トレントン大学、西イリノイ大学などで学び、ブロックポート大学の講師を勤めた。1972年に来日し、4年間聖心女子大学の教授を勤めた。

      
 
  パウアー, エリック  (Erich PAUER, 1943-)
     西ドイツの経済学者である。1972年から1974年まで東京大学に留学し、ウィーン大学の教授を経て、ボン大学日本学科の講師を勤めた。

      
 
  ハーヴィッツ, レオン  (Leon N. HURVITZ, 1923-)
     カナダの宗教学者である。仏教学を専攻し、ブリティッシュ・コロンビア大学アジア研究学科の教授を勤めた。

      
 
  パウエル, ブリアン  (Brian William Farvis POWELL, 1939-)
     イギリスの日本文学研究者である。オックスフォード大学で日本語を学び、卒業後は同大学東洋研究所で教鞭を執った。

      
 
  ハヴェンス, トーマス  (Thomas R. H. HAVENS, 1939-)
     アメリカの歴史学者である。プリンストン大学を卒業後、1965年からトロント大学の助教授となり、翌年からはコネティカット大学歴史学科教授・アジア研究主任に就任した。

   
 
  ハウザー, ウィリアム  (William B. HAUSER, 1939-)
     アメリカの歴史学者である。シカゴ大学では数学を専攻したが、エール大学で日本研究を始める。その後は、ミシガン大学の講師などを勤める

   
 
  バーガミニ, デービッド  (David BERGAMINI, 1928-)
     アメリカのジャーナリストである。ダートマス大学、オックスフォード大学で学び、その後『タイム』誌、『ライフ』誌の記者として活躍した。

   
 
  ハーシー, ジョン  (John HERSEY, 1914-1993)
     アメリカの作家である。エール大学、ケンブリッジ大学を卒業した。『タイム』誌や『ライフ』誌の特派員として活躍し、終戦直後に『ニューヨーク』誌の特派員として来日した。

   
 
  パスカル, リチャード  (Richard Tanner PASCALE, 1938-)
     アメリカの経済学者である。カリフォルニア大学バークレー校を卒業し、1968年から1969年までホワイトハウスに勤務した。その後、スタンフォード大学で教鞭を執った。

   
 
  バーソロミュー, ジェームズ  (James R. BARTHOLOMEW, 1941-)
     アメリカの歴史学者である。スタンフォード大学を卒業し、オハイオ州立大学の助教授などを勤めた。

      
 
  パッシン, ハーバート  (Herbert PASSIN, 1916-2003)
     アメリカの人類学者である。シカゴ大学で人類学を学んだ。ノースウエスタン大学の教授となったが、太平洋戦争開戦ため1943年に辞職し、研究に専念するようになる。

      
 
  ハテム, アドベル・カダー  (Adbel-Kader HATEM, 1920-)
     エジプトの政治家である。国務大臣、アラブ社会主義者連合書記局員等を経て、エジプトの副首相を勤めた。

   
 
  パトリー, ジェームズ  (James T. PATRIE, 1950-)
     カナダの言語学者である。1971年にアルバータ大学を卒業し、日米会話学院講師として来日した。その後アルバータ大学の講師、1年後には教授となる。

   
 
  パトリック, ヒュー  (Hugh PATRICK, 1930-)
     アメリカの経済学者である。日本経済を専攻し、エール大学の教授を勤めた。

   
 
  ハドル, ノリ  (Norie, HUDDLE, 1944-)
     アメリカの公害問題研究家である。ブラウン大学でロシア語を学び、1971年に日米学生会議に参加するために来日する。

   
 
  ハドレ, E  (E. M. HADLEY, ?-?)
     アメリカの経済学博士である。1962年にフルブライト研究員として来日した。

   
 
  ハフマン, ジェームズ  (James L. HUFFMAN, 1941-)
     アメリカの歴史学者である。マリオン大学卒業後、『ミネアポリス・トリビューン』誌のレポーターを勤めながら、ノースウエスタン大学、ミシガン大学でジャーナリズムと日本
   宗教史を学んだ。

      
 
  ハマースミス, J  (J. L. HAMMERSMITH, 1941-)
     アメリカの歴史学者である。ノースウエスト大学、カリフォルニア大学などで学んだ後、ウェストバージニア大学の助教授を勤めた。

   
 
  ハミッチュ, ホルスト  (Horst HAMMITZSCH, 1909-)
     西ドイツの歴史学者である。日本史を専攻し、ボッフム大学で教鞭を執った。

      
 
  バラゲール, ホアキン  (Joaguin BALAGUER, 1907-2002)
     ドミニカの大統領である。サントドミンゴ大学、パリ大学を卒業後、駐日コロンビア大使を勤め、1954年に外相となった。大統領には1960年に就任した。

      
 
  ハラリ, エフド  (Ehud HARARI, 1935-)
     イスラエルの政治学者である。大学では国際関係を学び、カリフォルニア大学大学院に進んだ。その後、テルアビブ大学で教鞭を執った。

      
 
  ハリース, P  (P. T. HARRIES, 1946-)
     イギリスの文学研究者である。オックスフォード大学で文学を学び、後にスタンフォード大学で助教授を勤めた。

      
 
  バルディ, ピエトロ  (Pietro Maria BARDI, 1901-1999)
     ブラジルの美術研究者である。サン・パウトロ美術館の館長を勤めた。

   
 
  パルバース, ロジャー  (Roger PULVERS, 1944-)
     オーストラリアの文学者である。カリフォルニア大学卒業後、オーストラリア国立大学日本語学科の上級講師を勤めた。1980年には脚本家・演出家として来日した。

   
 
  ハルペリン, モートン  (Morton H. HALPERIN, 1938-)
     アメリカの政治学者である。コロンビア大学を卒業後、エール大学で国際関係論の研究をした。1964年からハーバード大学の助教授を勤め、その後国防省に入省した。

   
 
  ハルペン, ジャック  (Jack HALPERN, 1946-)
     在日ユダヤ人漢字研究家である。イスラエル、ブラジル、アメリカ、日本と移り住んだ。『漢字学習漢英大字典』の編纂を行った。

   
 
  ハロラン, リチャード  (Richard HALLORAN, 1930-)
     アメリカのジャーナリスト、日本研究家である。ダートマス大学を卒業後、ミシガン大学日本研究センターで学んだ。1957年に『ビジネス・ウィーク』誌の記者として来日した。

   
 
  バロン, ロバート  (Robert Jean BALLON, 1919-)
     経済学・国際ビジネスの専門家である。ルーヴァン大学で法律を学び、1947年以降、上智大学で教鞭を執った。

   
 
  バワーズ, ジョン  (John Zimmerman BOWERS, 1914-)
     アメリカの医学者である。ウィスコンシン大学の元教授で、アメリカ医科大学協会副会長、大統領保険委員会委員を勤めた経験がある。

   
 
  ハワード, ベーカー  (Howard Henry BAKER Jr, 1925-2014)
     アメリカの政治家である。テネシー大学のロー・スクールで学び、第二次世界大戦中に海軍士官を勤めたことがある。また南北戦争後の再建期以降、初めてテネシー州か
   ら選出された共和党の上院議員であった。

   
 
  パンツァー, ピーター  (Peter PANTZER, 1942-)
     オーストリアの歴史学者である。ウィーン大学日本学研究所の助教授として現代史の教鞭を執った。

   
 
  ハンティントン, ジョン  (John C. HUNTINGTON, 1937-)
     アメリカの歴史学者である。カリフォルニア大学で日本史、日本美術史を学び、1969年に仏教美術を調査するために来日した。その後、オハイオ大学準教授を経て、オハイ
   オ州立大学の教授を勤めた。

   
 
  ハンフリーズ, レオナルド  (Leonard A.HUMPHREYS, 1924-)
     アメリカの歴史学者である。米陸軍語学校で日本語訓練を受け、第二次世界大戦後に進駐軍として来日し、9年間滞在した。帰国後はスタンフォード大学に進んだ。

   
 
  バーンランド, ディーン  (Dean C. BARNLUND, 1920-)
     アメリカのコミュニケーション学者である。ウィスコンシン大学で学び、ハワイ大学の客員教授などを勤めた。1968年と1972年の二度の来日では国際基督教大学の客員教授
   として活躍した。


   
ヒ行     現在、 14人 です。


 
  ビアー, ローレンス  (Lawrence W. BEER, 1932-)
     アメリカの歴史学者である。ゴンザガ大学、ワシントン大学で学び、コロラド大学で準教授、教授を歴任した。上智大学に交換教授として来日した経験がある。

   
 
  ピアソン, リチャード  (Richard J. PEARSON, 1938-)
     カナダの人類学者である。ブリティッシュ・コロンビア大学人類学科の教授を勤めた。

   
 
  ビジヤ-キルシュネライト, イルメラ  (Irmela HIJIYA-KIRSCHNEREIT, 1948-)
     西ドイツの女性文学研究者である。1970年から2年間、早稲田大学および東京大学へ留学した。1977年からボッフム大学の講師となった。

      
 
  ピジョー, ジャクリン  (Jacqueline PIGEOT, 1939-)
     フランスの日本語・日本文学研究者である。パリ第七大学の教授として古代日本文学を研究し、国際交流基金等の招きで、たびたび来日した。

   
 
  ビーダ, ケン  (Ken BIEDA, ?-?)
     オーストラリアの経済学者である。国際通商、南アジア経済、日本経済、日豪通商等の研究を行い、クイーンズランド大学経済学部の助手に就任した。

   
 
  ピタウ, ヨゼフ  (Joseph, PITTAU, 1928-2014)
     イタリアの政治学者、宗教家である。バルセロナ大学哲学科を卒業し、来日した。その後、上智大学の教授、同学院理事長を経て、1975年より同大学の学長に就任した。

      
 
  ピッケン, スチュアート  (Stuart D. B. PICKEN, 1942-)
     イギリスの哲学者、倫理学者である。グラスゴー大学に在学した後、オークニーのスコットランド教会で聖職につき、1970年に来日した。

      
 
  ピーティ, マーク  (Mark R. PEATTIE, 1930-)
     アメリカの政治史学者である。1972年にプリンストン大学より博士号を取得した。

   
 
  ピヌス, エウゲニヤ  (Evgeniya Mikhailovna PINUS, 1914-)
     ソ連の日本文学研究者である。1939年にレニングラード大学を卒業し、その後、同大学東洋学部日本文献学の教授となった。

   
 
  ヒベット, ハワード  (Howard S. HIBBETT, 1920-)
     アメリカの文学研究者である。ハーバード大学に学び、1952年より同大学で教鞭を執った。1965年から1年間滞日した。

   
 
  ビュオー, ジーン  (Jean BUHOT, 1885-1952)
     フランスの歴史研究者である。1936年からEcole du Loubreで日本芸術史の教鞭を執った。その後、教授となった。

   
 
  ビュートー, ロバート  (Robert J. C. BUTOW, 1924-)
     アメリカの歴史学者である。太平洋戦争中陸軍に招集され、終戦直後にGHQ情報部で日本語関係の仕事に従事した。その後、ブリストン大学で教鞭を執った。

   
 
  ピルグリム, リチャード  (Richard PILGRIM, 1938-)
     アメリカの宗教学者である。1970年よりシラキュース大学の助教授、その後準教授に就任した。

   
 
  ヒールシャー, ゲプハルト  (Gebhand HIELSCHER, 1935-)
     在日ドイツ人ジャーナリストである。フライブルグ大学法学部卒業後、1965年に来日し、京都の法律事務所に勤務した。その後、東京のフリードリッヒ・エーベルト研究所長
   を勤めた。


   
フ行     現在、 42人 です。


 
  ファー, スーザン  (Susan Jane PHARR, 1944-)
     アメリカの政治学者である。ウィスコンシン大学やハーバード大学などで教鞭を執る。  2008年に日米間の知的交流促進と日本研究者の指導育成に尽力したとして旭日中
   綬章を受けた。

   
 
  ファイス, ハーバート  (Herbert FEIS, 1893-1972)
     アメリカの経済学者である。ハーバード大学卒業後、1931年から国務省経済顧問、1937年から同省国際経済顧問を歴任した。

   
 
  ファーンズワース, リー  (Lee W. FARNSWORTH, 1932-)
     アメリカの政治学者である。21歳の時、陸軍語学校で日本語訓練を受け、1954年に軍務で来日した。帰国後はカリフォルニア大学に進んだ。

   
 
  フィアーラ, カレル  (Karel FIALA, 1946-)
     チェコスロバキアの言語学者である。カルル大学を経て、チェコスロバキア科学アカデミー上級研究員に就任した。1975年から日本文部省国費留学生として京都大学大学
   院文学研究科に学んだ。

   
 
  フィゲス, ジョン  (John FIGGESS, 1910-)
     イギリスの実業家である。1933年にイギリス陸軍語学生として来日し、以後27年にわたり滞日した。

   
 
  フィリッピ, ドナルド  (Donald L. PHILIPPI, 1930-)
     アメリカの文学研究者である。南カリフォルニア大学を卒業し、国学院大学に1年間留学した。

   
 
  フェアバンク, ジョン  (John K. FAIRBANK, 1907-1991)
     アメリカの歴史家である。ハーバード大学、オックスフォード大学で学び、1936年からハーバード大学歴史学科で教鞭を執った。1976年に来日した。

   
 
  フェドレンコ, ニコライ  (Nikolai Trofimovich FEDRENKO, 1943-)
     ソ連の文学研究者である。ソ連科学アカデミー東洋学研究上級学術研究員を勤めた。

   
 
  フェルナンデス, ハイメ  (Jaime FERNANDEZ,1938-)
     在日スペイン人文学者である。サン・エスラオ大学、グラナダ大学等に学ぶ。1964年にカトリック宣教師として来日し、上智大学を卒業した。その後、同校の非常勤講師も勤
   めた。

   
 
  フォス, フリッツ  (Frits VOS, 1918-)
     オランダの日本文学研究者である。ライデン大学を卒業し、1946年からは同大学の日本語講師に就任した。

   
 
  ブガエヴア, ダグマラ  (Dagmara Povlovna BUGAEVA, 1925-)
     ソ連の歴史学者である。レニングラード国立大学の助教授を勤めた。

   
 
  プズー・マサビュオ, ジャック  (Jacques PEZEU-MASSABUAU, 1930-)
     フランスの地理学者である。パリ大学を卒業し、1963年にアテネ・フランセの教師として来日した。

   
 
  フセ, トヨマサ  (Toyomasa, HUSE, ?-?)
     カナダの社会学者である。比較社会学を専攻し、ヨーク大学社会学部の教授を勤めた。

   
 
  フック, グレン  (Glenn Dawson HOOK, 1949-)
     在日イギリス人政治学者である。1974年に来日し、大阪外国語大学、日本研究センターで日本語を学ぶ。その後、東京大学社会科学研究所および東洋文化研究所留学
   を経て、岡山大学外国人教師として活躍する。

   
 
  フュルステンベルク, フリードリッヒ  (Friedrich FURSTENBERG, 1930-)
     オーストリアの社会学者である。リンツ大学社会学科の教授を勤めた。研究調査等のため、これまで5回来日している。

   
 
  ブラインズ,ラッセル  (Russel BRINES,1911-)
     アメリカの新聞記者である。ポモナ大学を卒業後、1933年以来、外国特派員として活躍する。第二次世界大戦後に来日し、AP通信社東京支局長を勤めた。

   
 
  ブラウン,デルマー  (Delmer Myers BROWN, 1909-)
     アメリカの歴史学者である。金沢第四高等学校で英語の教鞭を執り、1940年から5年間はアメリカ海軍に勤務した。その後、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学の教
   授を勤めた。

   
 
  ブラウン,ユーイン  (Yu-ying BROWN, 1940-)
     イギリスの文学研究者である。ブリティッシュ・ライブラリー上級研究アシスタントを勤めた。1958年から1966年まで日本で生活した。

   
 
  ブラーギナ, N  (N. BRAGINA, ?-?)
     ソ連の経済学者である。科学アカデミー世界経済・国際関係研究所の東洋研究部門で、日本の農業、経済問題を研究した。

   
 
  プラース, デービッド  (David W. PLATH, 1930-)
     アメリカの文化人類学者である。ノースウエスタン大学を卒業後、フォード財団の研究費を得て、日本に滞在した。その後、アイオワ大学の教授を経て、イリノイ大学の教授
   に就任した。

   
 
  ブラストス, ステファン  (Stephen Gregory VLASTOS, 1943-)
     カナダの歴史学者である。1976年からアイオワ大学の教授を勤め、1982年からは同大学の準教授を勤めた。

   
 
  ブラック, シリル  (Cyril E. BLACK, ?-?)
     アメリカの歴史学者である。プリンストン大学国際研究所長、同大学西洋史の教授を勤めた。1965年に北海道大学ロシア語学科で講義した。

   
 
  ブラッシュ, ハインツ  (Heinz BRASCH, 1906-)
     スイスの実業家である。リートベルグ財団およびスイス・アジア学会理事を勤めた。

   
 
  ブラッシュ, クルト  (Kurt BRASCH, 1907-1974)
     西ドイツの文学、美術研究家である。1928年に同志社高等商業学校を卒業し、京城ドイツ領事館を経て、ドイツに帰国した。1948年には再来日した。

   
 
  フラナガン, スコット  (Scott C. FLANAGAN, ?-?)
     アメリカの政治学者である。フロリダ州立大学の教授を勤めた。

   
 
  ブラワー, ロバート  (Robert H. BROWER, 1923-)
     アメリカの日本文学、日本語研究者である。1951年からはミネソタ大学、1954年からはスタンフォード大学で日本語の教鞭を執った。

   
 
  フランク, バーナード  (Bernard FRANK, 1927-1996)
     フランスの文学研究者である。1961年に国立高等研究学院で日本史、言語学の教授となった。その後、パリ第七大学の教授を勤めた。

   
 
  ブランドン, ジェームズ  (James R. BRANDON, 1927-)
     アメリカの演劇作家である。1957年から1961年まで在日アメリカ大使館文化書記官を勤めた。

   
 
  ブリーセン, フリッツ  (Fritz von BRIESSEN, 1906-)
     西ドイツのジャーナリスト、作家である。1934年からユナイテッド・プレスの  ニュース編集委員を勤めた。1934年、1949年に来日し、それぞれ約5年間の滞日生活を送った。

   
 
  プリドー, ゲイリー  (Gary D. PRIDEAUX, 1939-)
     カナダの言語学者である。アルバータ大学言語学科主任教授を勤めた。

   
 
  フリードマン, ミルトン  (Milton FRIEDMAN, 1912-2006)
     アメリカの経済学者である。ラトガース大学を卒業し、その後ミネソタ大学の準教授、シカゴ大学の講師を歴任し、1976年にノーベル経済学賞を受賞した。

   
 
  フリュヒーター, ヴィンフリート  (Winfried FLUCHTER, 1943-)
     西ドイツの地理学者である。フライブルク大学大学院を出た後、1971年から1年間、明治大学と国際基督教大学で日本語を学んだ。1975年に再び来日し、筑波大学で講師
   を勤めた。

   
 
  ブリュール, リディア  (Lydia BRULL, 1939-)
     西ドイツの女性哲学者である。ルール大学の東アジア研究学科研究員を勤めた。1972年に一度来日している。

   
 
  プリングスハイム, クラウス  (Klaus H. PRINGSHEIM, 1923-)
     カナダの政治学者である。アメリカへ渡り、軍隊で日本語教官を勤め、1951年にアメリカの市民権を獲得した。32歳の時、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に入学し、日
   本文学や日本の政治を学んだ。

   
 
  フルィノフ, ウラジーミル  (Vladimir Nikolaevich KHLYNOV, 1929-)
     ソ連の経済学者である。モスクワ大学東洋学研究所を卒業し、1960年から東京のソ連大使館、1965年からトルドー紙に勤務した。

   
 
  プルチョウ, ヘルベルト  (Herbert E. PLUTSCHOW, 1939-2010)
     アメリカの日本文学研究者である。パリの国立東洋語学校を卒業した。その後、イリノイ大学準教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の準教授を歴任した。

   
 
  フルブライト, J  (J. William FULBRIGHT, 1905-1995)
     アメリカの政治家である。アーカンザス大学およびオックスフォード大学に学んだ。ワシントン大学などで教鞭を執った後、政界に入った。1945年からは民主党上院議員とな
   る。

   
 
  ブルム, ポール  (Paul C. BLUM, 1898-1981)
     アメリカの作家、文学・歴史研究家である。エール大学を卒業し、欧州留学を経験した。来日後は、アメリカ大使館で勤務した。

   
 
  ブルーメンタール, トゥビア  (Tuvia BLUMENTHAL, 1936-)
     イスラエルの経済学者である。ハーバード大学の専任講師、ヘブライ大学の講師、オーストラリア国立大学客員教授などを歴任した。

   
 
  ブレーカー, マイケル  (Michael BLAKER, 1940-)
     アメリカの政治学者である。南カリフォルニア大学を卒業後、日本に留学する。帰国後はコロンビア大学大学院で日本政治学を学んだ。

   
 
  ブレジンスキー, ズビグニェフ  (Zbigniew K. BRZEZINSKI, 1928-)
     アメリカの政治学者である。マックギル大学を卒業後、コロンビア大学の教授などを勤めた。カーター政権誕生とともに、大統領補佐官となった。日本には1971年に数ヶ月間
   滞在した。

   
 
  フレッチャー, ウィリアム  (William Miles FLETCHER Ⅲ, 1946-)
     アメリカの歴史学者である。ノース・カロライナ大学の講師を勤め、その後同大学の助教授となった。たびたび来日もしていた。

   
 
  プローンコウ, レオナルド  (Leonard C. PRONKO, 1927-)
     アメリカの演劇研究者である。ドルアリー大学を卒業し、1970年に来日した。帰国後はポモナ大学ロマンス語学科の教授を勤めた。


   
ヘ行     現在、 15人 です。


 
  ベイリー, ジャクソン  (Jackson H. BAILEY, 1925-)
     アメリカの歴史学者である。1950年にアーラム・カレッジを卒業し、26歳から東京日本語学院で学んだ。その後アーラム・カレッジの教授を勤めた。

   
 
  ベオーニオ=ブロッキェーリ, パオロ  (Paolo BEONIO-BROCCHIERI, 1934-)
     イタリアの思想史学者である。ヴェネツィア大学の教授を経て、パヴィア大学の教授となった。1957年から1962年まで文部省の奨学金を得て、滞日した。その後も数度来日
   している。

   
 
  ベーガー, ゴードン  (Gordon M. BERGER, 1942-)
     アメリカの歴史学者である。1964年にウェズレイアン大学を卒業後、南カリフォルニア大学の準教授となった。1979年にはフルブライト交換教授として、東京大学文学部に勤
   務した。

   
 
  ベスト, アーネスト  (Ernest Edwin BEST, 1919-)
     カナダの宗教学者である。トロント大学の教授を勤めた。1950年から1955年に研究のため来日した。

   
 
  ベッカー, ヘルムート  (Helmut BECKER, ?-?)
     西ドイツの日本研究者である。上智大学の教授を勤めた。

   
 
  ペトロヴァ, オルガ  (Ol’ga Petrovna PETROVA, 1900-)
     ソ連の言語学者である。極東大学日本語講師を経て、1933年からレニングラード大学で教鞭を執った。その後、レニングラード東洋学研究所研究員となった。

   
 
  ベネディクト, ルース  (Ruth Benedict, 1887-1948)
     アメリカの文化人類学者である。ヴァッサー大学とコロンビア大学で学び、卒業後はコロンビア大学の助教授、教授となった。

   
 
  ベフ, ハルミ  (Harumi BEFU, 1930-)
     アメリカの文化人類学者である。スタンフォード大学の教授を勤めた。

   
 
  ペリー, ジョン  (John Curtis PERRY, 1930-)
     アメリカの歴史学者である。ハーバード大学に学び、1961年に東京大学に留学した。その後、ハーバード大学研究員、早稲田大学客員教授、タフツ大学教授などを歴任した。

   
 
  ベル, ダニエル  (Daniel BELL, 1919-2011)
     アメリカの社会学者である。ニューヨーク・シティ大学を卒業後、労働関係編集者として活躍した。1969年からはハーバード大学の教授となった。

   
 
  ベルチエ, フランソワ  (François BERTHIER, 1937-2001)
     フランスの彫刻研究者である。東洋文明官立言語研究所に所属していた。

   
 
  ヘロルト, レナーテ  (Renate HEROLD, 1949-)
     在日ドイツ人女性ジャーナリストである。ベルリン自由大学卒業後、1970年に来日した。1977年から『ドイツ経済』誌特派員を勤め、学習院大学客員講師、立教大学講師など
   を歴任した。

   
 
  ヘンダソン, ダン  (Dan Fenno HENDERSON, 1921-)
     アメリカの法学者である。ウィットマン大学、ミシガン大学をそれぞれ卒業後、1945年に進駐軍語学将校として来日する。2年間、東京、北海道、九州に勤務した。

   
 
  ベン-ダビッド, ジョセフ  (Joseph BEN-DAVID, 1920-)
     イスラエルの社会学者である。ヘブライ大学に学び、ロンドン大学に留学した。1951年以来、ヘブライ大学で教鞭を執り、スタンフォード大学客員教授などとして活躍した。

   
 
  ヘンネマン, ホースト  (Horst Siegfried HENNEMANN, 1943-)
     ドイツの人文学研究者である。ハンブルク大学哲学科東亜学研究所で中国、日本および民族学について学んだ。1974年から1976年まで東京大学外国人教師を勤めた。


   
ホ行     現在、 27人 です。


 
  ホーカン, ヘドバーグ  (Hedberg HAKAN, 1929-)
     スウェーデンのジャーナリストである。『ストックホルムス・チドニドニンゲン』紙などの特派員として11年間滞日した。1973年からはスウェーデンの貿易会社に勤務した。

   
 
  ヴォーゲル, エズラ  (Ezra Feivel VOGEL, 1930-)
     アメリカの社会学者である。オハイオ・ウェスリアン大学を卒業後、アメリカ陸軍に2年間勤務した。またCIA国家情報会議の東アジア担当の国家情報官を務めた経験も
   ある。

   
 
  ボクサー, チャールズ  (Charles Ralph BOXER, 1904-2000)
     イギリスの歴史学者である。1930年に駐日大使館付武官として来日し、1934年まで滞在した。その後、ロンドン大学、インディアナ大学、エール大学などで教鞭を執った。

   
 
  ボーシャン, エドワード  (Edward Robert BEAUCHAMP, 1933-)
     アメリカの教育学者である。1969年にハワイ大学の助教授に就任し、交換教授として慶応大学と国際基督教大学に1年間勤めた。

   
 
  ボスカロ, アドリアナ  (Adriana BOSCARO, 1935-)
     イタリアの日本研究者である。ヴェネツィア大学の教授としてアジア史の教鞭を執った。ペンクラブ、国際交流基金の招きで数度来日した。

   
 
  ポスペロプ, ボリス  (Boris Vasil’evich POSPELOV, 1923-)
     ソ連の日本文学研究者である。1950年にモスクワ東洋大学を卒業し、出版社勤務を経て、ソ連科学アカデミー極東研究所学術研究員となった。

   
 
  ボーセ, チエリー  (Thierry de BEAUCE, 1943-)
     フランスの外交官である。パリ大学および国立行政学院で学んだ。1976年より駐日フランス大使館文化参事官となり、その後パリ外務省に勤務した。

   
 
  ポドパロヴァ, ガリーナ  (Galina Ivanovna PODPALOVA, 1904-)
     ソ連の歴史学者である。極東大学東洋学部を卒業後、函館のソ連領事館の通訳として勤務した。1968年にユネスコ文化会議出席のために来日した。

   
 
  ボートン, ヒュー  (Jean BUHOT, 1885-1952)
     アメリカの歴史学者である。1935年から東京帝国大学文学部に学び、その後コロンビア大学の教授に就任した。

   
 
  ボーナス, ジェフリー  (Geoffrey BOWNAS, -2011)
     イギリスの文学研究者である。シェフィールド大学日本研究センターの所長を勤めた。

   
 
  ボナール, ピエール  (Pierre BONNARD, 1867-1947)
     フランスの画家である。アカデミー・ジュリアンで学んだ。

   
 
  ポポフ, コンスタンチン  (Konstantin Alekseevich POPOV, 1903-)
     ソ連の言語学者である。1928年に極東大学を卒業し、ソ連科学アカデミー東洋学研究所上級学術研究員となった。

   
 
  ポポフ, コンスタンチン  (Konstantin Mikhailovich POPOV, 1900-)
     ソ連の経済学者である。キエフ国際関係大学を卒業後、国連アジア・極東経済委員会のソ連代表を勤めた。

   
 
  ポポフ, バディム  (Vadim Alekseevich POPOV, 1920-)
     ソ連の歴史学者である。モスクワ航空大学を経て、ソ連外務省高等外交官養成所を卒業した。

   
 
  ボーマン, マリー  (Mary Jean BOWMAN, ?-?)
     アメリカの教育学者である。バサー大学を卒業した。後にアイオワ州立大学教授、カリフォルニア大学バークレー校の講師、シカゴ大学準教授を歴任した。

   
 
  ポラック, クリスチャン  (Christian Philippe POLAK, 1950-)
     フランスの歴史学者である。国立パリ東洋語学校で日本語を学び、卒業後に来日した。その後、中央大学文学部講師を勤めた。

   
 
  ボリソー, ハロルド  (Harold BOLITHO, 1939-)
     オーストラリアの歴史学者である。モナシュ大学教授、オーストラリア日本研究学会会長を勤めた。

   
 
  ホール, エドワード  (Edward Twitchell HALL, 1914-2009)
     アメリカの文化人類学者である。デンバー大学、アリゾナ大学などで学び、その後、国務省や企業関係の業務を行った。

   
 
  ホール, アイヴァン  (Ivan P. HALL, 1932-)
     在日アメリカ人ジャーナリストである。プリンストン大学を卒業し、1970年から1976年まで『フィラデルフィア・ブレティン』『ワシントン・スター』極東特派員を勤めた。

   
 
  ホール, ジョン  (John Whitney HALL, 1916-)
     アメリカの歴史学者である。アマースト大学を卒業し、1948年よりミシガン大学で教鞭を執り、1961年よりエール大学史学科の教授となった。

   
 
  ホール, ロバート  (Robert King HALL, 1913-)
     アメリカの教育学者、実業家である。ハーバード、シカゴ、コロンビア、ミシガン大学を卒業し、1945年に来日した。帰国後は、ミシガン大学などで教鞭を執った。

   
 
  ボールディング, ケネス  (Kenneth E. BOULDING, 1910-1993)
     アメリカの経済学者、未来学者である。1939年にオックスフォード大学を卒業し、コルゲート大学講師、ミシガン大学教授、コロラド州立大学教授などを歴任した。

   
 
  ホルバート, アンドリュー  (Andrew HORVAT, 1946-)
     在日ユダヤ系カナダ人ジャーナリストである。ブリティッシュ・コロンビア大学で学び、『シュピーゲル』誌極東特派員記者などを勤めた。

   
 
  ホワイティング, ロバート  (Robert WHITING, 1942-)
     アメリカの著述家である。上智大学法学部を卒業し、エンサイクロペディア、ブリタニカ日本支社に勤めた。

   
 
  ホワイト, ジェームズ  (James Wilson WHITE, 1941-)
     アメリカの政治学者である。プリンストン大学に学び、ノース・カロライナ大学の教授などを勤めた。1977年、1980年に来日した。

   
 
  ホワイトヒル, アーサー  (Arthur M. WHITEHILL, 1919-)
     アメリカの経済学者である。1948年までバージニア大学の助教授を勤めた。1957年に慶応大学に交換教授として来日して以来、たびたび来日している。

   
 
  ボンマルシャン, ジョージズ  (Georges BONMARCHAND, 1884-1968)
     フランスの行政官である。駐日フランス大使館の総領事館兼通訳を勤めた。


   
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  マイナー, アール  (Earl Roy MINER, 1926-2004)
     アメリカの比較文学研究者である。1949年にミネソタ大学を卒業し、カリフォルニア大学などで教鞭を執った。また、フルブライト交換教授として京都大学、大阪
   大学で指導した経験もある。

      
 
  マイネア, リチャード  (Richard Hoffman MINEAR, 1938-)
     アメリカの歴史学者である。1964年から1966まで京都に在住した。その後、マサチューセッツ州立大学教授を勤めた。

      
 
  マオア, ロス  (Ross E. MOUER, 1944-)
     アメリカの社会学・経済学者である。ルイス・アンド・クラーク大学卒業後、慶応大学、日本労働協会などに学んだ。7年間滞日していた。

      
 
  マクドゥガル, テリー  (Terry E. MACDOUGALL, 1941-)
     アメリカの政治学者である。エール大学で日本語を学び、1972年よりバージニア大学の助教授、1978年以降はハーバード大学の準教授を勤めた。

      
 
  マクミラン, チャールズ  (Charles J. MCMILLAN, 1945-)
     カナダの経営学者である。アルバータ大学講師、ブラッドフォード大学講師、カナダのヨーク大学助教授などを歴任した。

      
 
  マクレー, ノーマン  (Norman MACRAE, 1923-)
     イギリスのジャーナリストである。ケンブリッジ大学を卒業後、1949年に『エコノミスト』誌の記者となった。1962年と1967年に来日している。

      
 
  マシア, ホアン  (Juan MASIA, 1941-)
     スペインの哲学研究者である。アルカラ・デ・エナレス哲学院を卒業した。1960年に来日し、上智大学に在籍した。その後、上智大学神学部助教授を勤めている。

   
 
  マーシャル, バイロン  (Byron K. MARSHALL, 1936-)
     アメリカの政治社会学者である。スタンフォード大学哲学部を卒業し、1957年にスタンフォード=慶応大学の交換留学生として来日した。その後、ミネソタ大学準教
   授などを歴任した。

      
 
  マーシュ, ロバート  (Robert Mortimer MARSH, 1931-)