今から100年前、1904(明治37)年の日本と世界は、どのような世の中だったのでしょう。
  この年の2月10日、日本はロシアとの戦争(日露戦争)に突入し、国内は国を挙げた総力戦を勝ち抜くため、戦争遂行ムード一色になっていたようです。 しかし、欧米では新しい産業が芽をふき、文化や思想にもそれまでになかった動きが見られ、20世紀の発展の基盤を作っていたように思われます。
  このような世相の中で生まれた人や亡くなった人たちが、後世に残した業績と社会を変えた出来事に関係する本を読んでみませんか。(一部の日本人については、記念館など所縁のサイトへリンクします。)
 
このデータベースが紹介された新聞記事(「報道にみる本学図書館」)へ

100年前の日本と世界? 参 考 データベース(本学作成)
生まれた人亡くなった人 出来事100年前の日本と世界?
(昨年作成1903年版)
今、日本と世界は?
日本 海外 日本 海外 日本 海外

 
日  本
 
 
 榎本健一(1904-1970)喜劇俳優
   東京出身。愛称エノケン。大正11年に根岸歌劇団に入る。関東大震災の後、地方巡業で喜劇に転じ「エノケン一座」を旗揚げする。軽妙さと独特の愛嬌ある表情で映画でも活躍し、古川ロッパと組んだ「アチャラカ」芝居で喜劇の新時代を作った。
 
 貝塚茂樹(1904-1987)中国史家
   東京出身。湯川秀樹、小川環樹の兄。京都帝大を卒業。東方文化学院京都研究所勤務を経て、京大教授。京大人文科学研究所所長。中国古代のの甲骨文字や金石文の研究で業績を挙げ、『中国古代史学の発展』(昭21)などの著書を残した。
 京都市情報館「京都市名誉市民 貝塚茂樹」へ
http://www.city.kyoto.jp/sogo/hisyo/honor_37.html
 
 片岡千恵蔵(1904-1983)映画俳優
   群馬県に生まれた。歌舞伎の世界から映画の道に入った。当初はマキノ・プロに所属したが、片岡千恵蔵プロを設立。また、自らは戦前の「国定忠治」(昭8)で長岡忠太郎を演じ、戦後は「多羅尾伴内シリーズ」や「旗本退屈男(昭33)」などに出演した。
 
 13代片岡仁左衛門(1904-1994)歌舞伎俳優
    東京で生まれる。我当を経て13代を襲名(昭26)。「古今座」、「青年歌舞伎」などを結成して活躍し、戦後は仁左衛門歌舞伎の自主公演を通じて上方歌舞伎の復興と伝承に力を注いだ。重要無形文化財保持者にも認定されるなど、演劇界の第一人者として活躍した。
 
 唐木順三(1904-1980)評論家
   長野県で生まれ、京都帝大哲学科を卒業。『現代日本文学序説』(昭7)が好評を博し、『日本近代文学の展開』(昭14)で評論家としての地位を固めた。戦中の『鴎外の精神』(昭18)を経て、戦後は『中世の文学』(昭30)、『千利休』(昭33)などを発表した。筑摩書房顧問や明治大学の教授も勤めた。
 
 木山捷平(1904-1968)小説家
    岡山県出身。東洋大学に入学して文筆活動を始めた。『抑制の日』(昭14)や『河骨』(昭16)を発表して満州へ渡る。戦後は『海の細道』(昭22)や『大陸の細道』(昭37)など満州時代の経験を題材に作品を発表した。『茶の木』(昭40)などに示した地味な中にユーモアを表す筆致には定評がある。
 「木山捷平の生家(笠岡市ホームページ)」へ
http://www.city.kasaoka.okayama.jp/001p/0013.html
 
 幸田 文(1904-1990)小説家・随筆家
    幸田露伴の次女。東京女子学院を卒業して商家に嫁いだが約10年で離婚。戦後、父露伴の思い出を『雑記』(昭22)や『終焉』(昭22)などとして発表し、文才の高さを示した。その後、『黒い裾』(昭29)で読売文学賞を、また『流れる』(昭30)で日本芸術院賞を受賞した。
 
 古賀政男(1904-1978)作曲家
    福岡県出身。明治大学在学中にマンドリンクラブ創設に参加し、『影を慕いて』を発表。卒業後は作曲家として多くのヒット曲を作り、「古賀メロディー」として今もなお愛唱されつづけている。没後国民栄誉賞を受賞。
 古賀政男音楽博物館へ http://www.koga.or.jp/
 
 佐多稲子(1904-1998)小説家
    長崎市で生まれ、貧しい生活の中で文筆活動をはじめた。プロレタリア文学へ傾倒し、昭和初期の『キャラメル工場から』(昭3)や『レストラン・洛陽』(昭4)で注目を集めた。戦後は非合法活動に参加した経験を『歯車』(昭33-34)として発表した。『女の宿』(昭38)は評価が高い。
 相生市立図書館 「郷土の情報 相生ゆかりの作家」へ http://www.aioi-city-lib.com/
 
 千田是也(1904-1994)新劇俳優・演出家
    東京出身。大正13年の築地小劇場の旗揚げ公演に出演。ドイツに渡り演劇を学び帰国後、新築地劇団で「ハムレット」(昭2)の主役を演じた。また、俳優座を結成して俳優座劇場や俳優座養成所を作り、演劇の発展に尽力した。自伝に『もうひとつの新劇史』(昭50)がある。
 
 武田麟太郎(1904-1946)小説家
    大阪市出身。東京帝大仏文科を中退し、『暴力』(昭4)でプロレタリア作家として注目されたが、その後はイデオロギーから脱却した作品を手がけ、『日本三文オペラ』(昭7)や『井原西鶴』(昭11-12)などを発表した。戦時中は、軍国主義に批判的で「人民文庫」を主宰したが、終戦後間もなく逝去した。
 武田麟太郎文学碑(大阪市ホームページ ゆとりとみどり振興局)へ
http://www.city.osaka.jp/yutoritomidori/culture/bunnka/8-8.html
 
 富田常雄(1904-1967)小説家
    東京で柔術家の子に生まれた。明治大学商学部に入り、『欧羅巴の滅亡』(昭3)を同人誌に発表。柔道小説『姿三四郎』(昭17)は大好評を博し、何度も映画化されている。戦後は『刺青』(昭22)や『面』(昭23)、『雪もち笹』(昭25)、『柔』(昭39-40)など男性的な作品を発表した。自らも柔道5段。
 
 永井龍男(1904-1990)小説家
    東京出身。苦労をして文才を高め、雑誌に投稿した『活版屋の話』(大9)が認められ、昭和初期には『巣の中』(昭9)などを発表。戦後は新聞小説『風ふたたび』(昭26)で高い評価を受け、その後の『幸吉八方ころがし』(昭38)や短編集『一個その他』(昭40)などを残し、多くの賞を受賞した。
 鎌倉市公式ホームページ 「鎌倉文学館」へ
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/lives/map/bungaku.htm
 
 新田潤(1904-1978)小説家
    長野県出身。東京帝大で雑誌「大学左派」の刊行に参加。その後、高見順らと「日暦」を創刊して『煙管』(昭8)を発表した。また、『片意地な街』(昭9)で見られるユーモアや哀愁を表現する筆致は彼独特のもので、後の『夢見る人』(昭14)や『妻の行方』(昭23)でもその作風を活かしている。
 丹羽文雄(1904-)小説家
    三重県の寺院の長男に生まれ、早稲田大学国文科を卒業。『鮎』(昭7)で文壇に入り、「マダムもの」で人気を博した。第2次世界大戦には報道班員として従軍、『海戦』(昭17)で評価を得た。戦後は『爬虫類』(昭25)などの成功で「小説の職人」と呼ばれ、『親鸞』(昭44)など仏教世界も著した。
 四日市市立図書館へ http://www.city.yokkaichi.mie.jp/library/index.html
 
 橋本明治(1904-1991)日本画家
    島根県浜田市の生まれ。東京美術学校を卒業後、昭和12年に第1回文部省美術展で「浄心」が特選に選ばれる。昭和15年から法隆寺金堂の壁画模写や再現保存に取り組み、昭和30年には「まり千代像」で芸術院賞に選ばれた。また、昭和49年には文化勲章を受賞した。
 
 藤沢桓夫(1904-1989)小説家
    大阪市で生まれ、中学時代から芥川龍之介の魅力にひかれ、大正時代の末期に『首』(大14)が好評を得た。入学した東京帝大では英文科から国文科に移り、マルクス主義の立場より『結婚の死』(大15)や『傷だらけの歌』(昭5)を書いた。『大阪の話』(昭10)は代表作となっている。
 藤沢文庫(中ノ島図書館ホームページ)へ
http://www.library.pref.osaka.jp/lib/collect/fujisawa.html
 
 舟橋聖一(1904-1976)小説家
    東京帝大の教授の子に生まれた。東京帝大在学中から劇作演劇活動を行い、戦前は『ダイヴィング』(昭9)や『木石』(昭13)など反プロレタリア文学の立場で活躍。戦後は『ある女の遠景』(昭38)、『モンローのような女』(昭40)などがある。豊かな知識に基づいた美意識の表現が特徴。
 舟橋聖一記念文篤館へ http://www.buntoku.jp/first.htm
 
彦根市立図書館へ http://www.hikonecity-library.jp/
  ご遺族から寄贈された約4万点の資料が「舟橋聖一記念文庫」として所蔵されています。
 
 堀辰雄(1904-1953)小説家
    東京に生まれ、東京帝大国文科卒。在学中に詩や外国文学の翻訳を発表して高い才能を示した。卒業後に『ルウベンスの偽画』(昭2)などで認められ、外国文学や我が国の古典の影響を受けた『風立ちぬ』(昭11-13)や『曠野』(昭16)に発表。心理小説『菜穂子』(昭16)は代表作とされる。
 堀辰雄記念館・展示館(渡部芳紀氏作成「軽井沢を歩く」)へ
http://comet.tamacc.chuo-u.ac.jp/bungakusanpo/hori/karuizawa/karuizawa
  渡部芳紀氏のご厚意により、「軽井沢を歩く」からも当ページへリンクして頂いております。
 
 森山 啓(1904-1991)詩人・小説家
    新潟県出身。東京帝大美学科中退したが在学中からプロレタリア文学活動を行い、「戦旗」に詩や評論を発表した。特に詩集『隅田川』(昭8)は繊細で感傷的な表現が使われ、他のプロレタリア詩に見られない特徴とされる。小説は『海の扇』(昭17)が代表作で、戦後は『島木健作論』(昭22)がある。
 
 吉川幸次郎(1904-1980)中国文学者
   神戸市生まれ。京都帝国大学を卒業し、北京大学に留学。帰国後、京都大学教授となる。清朝考証学をはじめ、唐詩など中国文学の全般に及ぶ研究を進め、『元雑劇研究』(昭23)や『杜甫私記』(昭24)を著した。また、江戸時代の漢学の研究にも精通した碩学である。
 
 
海 外
 
 オッペンハイマー、 ロバート(1904-1967)アメリカの物理学者
    ニューヨークで生まれたユダヤ系の理論物理学者。軍の要請で原爆開発に携わり、マンハッタン計画で広島、長崎への原爆投下にかかわった。戦後、「原爆の父」として称えられたが、ソ連のスパイとして公職から追放された。
 
 ガモフ、ジョージ(1904-1968)アメリカの物理学者
   ロシア生まれのアメリカの物理学者。レニングラード大学を卒業してアメリカに渡る。1948年に発表した共同論文で、初期の宇宙が大爆発を起こし高温・高密度で、膨張につれてしだいに冷えていったという「火の玉宇宙」論を発表した。
 
 ギャバン、ジャン(1904-1976)フランスの俳優
   パリ近くのメリエルで生まれた。フランス俳優にない独特の個性と存在感があり、彼が演じたギャング役には定評がある。「フレンチ・カンカン」(1954)や「シシリアン」(1969)など、多くの映画の成功からフランス映画史の中で最も人気のある俳優の一人に挙げられている。
 
 グラント、ケーリー(1904-1986)アメリカの俳優
   イギリス生まれ。アメリカへ移りハリウッドで活躍。甘いマスクで、コメディやサスペンスなど幅広い役をこなした。「フィラデルフィア物語」(1940)をはじめ、「北北西に進路をとれ」(1959)、「シャレード」(1963)などの作品がある。
 
 グリーン、グレアム(1904-1991)イギリスの作家
    ロンドン近郊のバーカムステッドで生まれた。オックスフォード大学を卒業後、新聞社勤務を経て処女作『内なる私』(1929年)の発表で注目された。その後、長篇や短篇をはじめ、娯楽小説、戯曲、旅行記などを幅広くてがけ、イギリスはもとより世界的に有名な作家となった。
 
 ダニロワ、アレクサンドラ(1904-1997)ロシアの舞踊家
    ペテルゴフで生まれる。帝室舞踊学校などで学び、ヨーロッパ公演を経てセルゲイ・ディアギレフのバレェ団に入る。その後、バレエ・リュス・ド・モンテカルロで活躍して名前をあげた。『青きドナウ』や『ゲテ・パリジェンヌ』を得意とし、スクール・オヴ・アメリカン・バレエで教えた。
 
 ダリ、サルバドール(1904-1989)スペインの画家
    カタルーニャ地方に生まれた。シュールレアリズムに立ちながら、従来の価値観から脱却した画期的な作品を残した。特徴的な口髭と型破りな言動で話題を振り撒きながら、版画家、彫刻家、室内装飾家、舞台映画美術家、作家としても活躍した。
 
 鄧小平(1904-1997)中国の政治家
    四川省出身。フランス留学中に中国共産党に入党し、抗日戦争に参加する。建国後、副首相に就き2度の失脚を経て党副主席として復活し、実権を掌握した。経済建設を重視した路線を確立し、江沢民氏に実権を委譲した。
 
 巴金(1904-)中国の作家・翻訳家
    四川省出身。フランス留学で啓蒙思想を学ぶ。革命青年の自由を追求した『滅亡』(1929年)発表後、苦しい民衆の姿を多くの作品に著した。新中国建国後、作家協会副主席も務めたが文革で批判され、名誉回復後には政協副主席になった。
 
 ベイシー、ウィリアム・カウント(1904-1984)アメリカのジャズ奏者
    ニュージャーシー州出身。本名のウィリアム・ベーシーにカウント(伯爵)を付けた高貴な名前で音楽活動を行い、1935年に自楽団を結成。「ダイナミックでエレガント」と評されるリズムは、民衆の心を魅了し、彼の名は「アメリカ音楽界の巨匠」として輝いている。
 
 ホロヴィッツ、ウラジミール(1904-1989)ロシアのピアニスト
    ウクライナのキエフで生まれる。キエフ音楽院で学んだが、やがてロシアを去りベルリンなど欧州各地で活躍した。指揮者トスカニーニの娘ワンダと結婚し、アメリカでも演奏会を行うなど世界的なピアニストとなった。1944年にはアメリカの市民権を獲得した。
 
 ミラー、グレン(1904-1944)アメリカのジャズ奏者
    アイオワ州に生まれ、コロラド大学時代からトロンボーンを演奏した。多くの楽団を経て1938年に自楽団を持ち、アメリカで最高の人気を博した。イギリスからパリへ向かう途中に事故死。「真珠の首飾り」をはじめ、「イン・ザ・ムード」、「ムーンライト・セレナーデ」などの名曲がある。
 
 
日  本
 
 初代市川左団次(1842-1904)歌舞伎俳優
    大坂で生まれ、市川小団次の門で小米を名乗っていたが、やがて師匠の養子となり左団次と改名。江戸で人気を得て、高島屋の屋号のもと団十郎や菊五郎と並ぶ歌舞伎界を代表する人物となる。明治期には明治座の座主となり、斯界の発展に尽力した。
 
 斎藤緑雨(1867-1904)評論家・随筆家
    伊勢の出身。明治法律学校を中退して仮名垣魯文の門下に入り、多くの筆名を使いながら『小説八宗』(明22)や『初学小説心得』(明23)などの評論をはじめ、『かくれんぼ』(明24)などの小説を書いた。
 
 ハーン、ラフカディオ〔小泉八雲〕(1850-1904)随筆家・小説家・批評家
    ギリシアのリュカディア島生まれのイギリス人。日本に帰化して小泉八雲と名乗る。熊本の五高や東京帝大で英文学を講義しながら小説を多く書き、我が国の文化を欧米に紹介した。『日本瞥見記』(1894)や『心』(1896)、『仏土の落穂集』(1897)などがある。
 本学図書館「ラフカディオ・ハーン コレクション・データベース」へ
http://www.kufs.ac.jp/toshokan/hearniana/hearn.htm
松江市ホームページ「小泉八雲旧居・小泉八雲記念館」へ http://www.city.matsue.shimane.jp/kankou/jp/history/re2-05.htm
 
 
海 外
 
 スタンリー、ヘンリー(1841-1904)イギリスの探検家・ジャーナリスト
   ウェールズに生まれる。アメリカのニューオリンズに渡り、南北戦争を南軍で戦う。戦後は新聞社の通信員としてアフリカ奥地へ赴き、探検家リビングストンの救出に成功。同大陸を横断の体験を『暗黒大陸横断記』に著し、未知の大陸アフリカの探検に大きく貢献した。
 
 チェーホフ、アントン(1860-1904)ロシアの劇作家
    ウクライナに生まれる。モスクワ大学に在学中から収入を得るため、ユーモア短篇を雑誌や新聞紙上に発表し始める。短篇小説や戯曲を多く書き、戯曲作品としては「かもめ」(1896)をはじめ、「ワーニャ伯父さん」(1897)、「三人姉妹」(1901)、「桜の園」(1904)などがある。
 
 ドボルザーク、アントン(1841-1904)チェコの作曲家
    プラハ近郊の村に生まれ、プラハのオルガン学校を卒業。ヴァイオリニストを経て作曲家となり、ボヘミアの民族的色彩の強い作品を作った。プラハ音楽院教授時代に招かれて、ニューヨーク国民音楽院の院長となる。代表作「新世界より」はこの時の作品である。
 
100年前の世界と日本の出来事
 
日 本
 
 日露戦争勃発 1904年から100年(日本・ロシア)
    2月10日、日本はロシアに宣戦布告し、多くの犠牲者を出しながらも、戦略的重要拠点であった遼陽や203高地を占領し、翌年9月5日のポーツマス条約締結まで激しい戦争が繰り広げられた。我が国の動員兵力は延べ100万人、戦費20億円は国家財政の6倍であったといわれている。
 
 小学校で国定教科書使用開始 1904年から100年(日本)
    前年に小学校国定教科書制度が公布され、この年に使用が開始された。著作権は当時の文部省が著作権を所有していた。
 
 大阪朝日新聞に「天声人語」登場 1904年から100年(日本)
    この年の1月5日の大阪朝日新聞に「天声人語」が初めて登場し、このコラムは今日まで続いている。
 
100年前の世界と日本の出来事
 
海 外
 
 シベリア鉄道完成 1904年から100年(ロシア)
   全長8,800キロにおよぶ大事業は13年の歳月を要したが、その完成でシベリアや極東への流通機能を高め、日露戦争にも大きな影響を及ぼした。
 
 ルーズヴェルト、アメリカ大統領に再選 1904年から100年(アメリカ)
    マッキンリー大統領の暗殺で副大統領から昇格していたセオドア・ルーズヴェルト大統領が再選され、ポーツマス条約締結の仲介者として大きな役割を演じた。
 
 ロールス・ロイス社が誕生 1904年から100年(イギリス)
    飛行家チャールズ・ロールスと自動車製造を手がけていた電気技師ヘンリー・ロイスが協力してロールス・ロイス社を創業、高級車の製造に取り組んだ。
 
 両面録音のレコード出現 1904年から100年(ドイツ)
   ベルリン近郊のバイセンゼーにあったインターナショナル・トーキング・マシン社から、世界で始めての両面レコードが「オデオン」という名前で発売された。
 
 ルーベルがオフセット印刷法を考案 1904年から100年(アメリカ)
    アイラ・ワシントン・ルーベルがオフセット印刷法を発明。印刷のスピード化と高品質化に貢献する。
 
 ヘレン・ケラー大学を卒業 1904年から100年(アメリカ)
    子供の頃に聴覚と視覚を失ったヘレン・ケラーは、アン・サリヴァンの協力を得て優秀な成績でラドクリフ・カレッジを卒業した。その後、女性の地位向上や障害者の権利について多くの著書を残した。
 
 注目を浴びるマックス・ウェーバーの論理 1904年から100年(ドイツ)
    マックス・ウェーバーがこの年に発表した『プロテスタンティズムの論理と資本主義の精神』は、経済活動と宗教倫理の相関関係を説き、やがて20世紀最大の社会思想家となった。
今、日本と世界は?
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http://www.kufs.ac.jp/toshokan/now.htm