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2020/04/03 13:50:00 速報!オルメカヘッドが戻ってきた!

  • Categoryお知らせ
  • Posted by館長
館長の南です。
 みなさん、大学正門入っての右手(喫煙コーナーで隠れていますが)、9号館の前に古代メキシコのオルメカ文明を代表する「オルメカヘッド(巨石人頭像)」が展示されていたのをご存じでしたか?レプリカではありますが、10数「頭」しか発見されていない貴重な石彫品から直接型をとったレプリカです。メキシコと深い繋がりがある本学にメキシコ政府から寄贈されたものです。
 そのオルメカヘッドが昨年秋から姿が見えなくなっていました。どれくらいの人が気が付いてくれただろう?長年の露出展示と昨年の大雨などが原因となって、大きく破損してしまいました。そこで専門業者さんのところで修復作業を行っていました。
 そして、このたび修復作業が終了し、元の位置に戻ってきました。
 あれ~?マスクしてますよ~。時期が時期だけに?
 この機会にぜひ現場に見に来てください。
 そして、しばらく息苦しく、自由な行動ができませんが、「オルメカヘッド」を思い出していただき、ぜひ「3密」→「ムンムン」「ぎゅうぎゅう」「ガヤガヤ」は避ける。手洗い、うがい、十分な睡眠と食事。必要に応じて「マスク」着用!よろしくお願いします。
 こういう時に博物館が何ができるのか!これからもいろいろ考えて発信していきたいと思います。
 現在、国際文化資料館ブログでは「無観客開催中」の展覧会展示作品を随時紹介しています!!!

 
  • 帰ってきたオルメカヘッド!!!
  • オルメカヘッドの横にあるのは古代メキシコ・アステカ文明の「月の女神」です。

2020/03/30 10:00:00 宮武辰夫コレクション展 ~紹介その5~

  • Category展覧会
  • Posted by諸伏
おはようございます。
通勤途中の桜が満開の中、毎日自転車で資料館まで通っているのですが、目ん玉洗いたい(花粉症)諸伏です。
さて、今回は休館中の展覧会紹介その5になります。


「宮武辰夫コレクション展 〜『世界原始藝術図集』から〜」

今回取り上げるのはフィリピンの原住民モロ族についてです。
えぇ、そうです。私がMOROだからこそMORO族の紹介は私がしなくてはならないという個人的な使命感からのご紹介になります。

さて、モロ族は現在もフィリピン、ミンダナオ島を中心に250万人ほどいると言われています。また、モロ族とはフィリピンのイスラム教徒の総称であり16世紀スペインが植民地化する際につけた名称です。そのためモロ族は、タオスグ族やサマール族、マラナオ族等異なった文化や産業を生業とする民族に分ける事ができ、宮武は大まかに海モロ、山モロと『原始藝術図集』では分けています。 (ブリタニカ国際大百科事典より一部引用)

宮武がフィリピンの調査を行ったのは1938年(昭和13年)になります。この時のフィリピンは1592年のサラゴサ条約でスペイン領有となっていましたが、モロ族が本拠地としていたミンダナオ島を含む南西諸国は最後までスペインの侵略を拒み、その後1898年のパリ条約によりフィリピンの統治権がスペインからアメリカ合衆国に譲渡され、ミンダナオ島が州に編入されたのが1924年と言うのを考えるとどれだけモロ族がどれほど強い抵抗をしていたかがわかります。
この時のモロ族の事を宮武は『フィリンピン原住民土俗と藝術』で「当時のスペインは世界でも屈指の強国ではあったが、このモロ族のみは如何にもての下しようもない難物であった。(略)フィリピン人はモロ来ると聞けば家財を纏めて山中深く逃れ隠れた物であった。」としるしています。
とにかく、モロ族は何か欲しかったら持ち主を殺して取っていく、野蛮で凶暴な民族と言われていたようです。
しかし、その一方でミンダナオ島へ向かう船内でモロ族を未だに裸体の野蛮人と言う案内人に対して「モロを蛮人と蔑すむこの男、何歩もモロより進んでゐる事か。むしろ原始人モロ族の方が藝術的にも精神的にも大きい進歩と民族意識を持ってゐる。(略)この種の人は、アメリカを皮相化したに過ぎない空虚な民族でしかない。」とも書いています。
モロ族の事を調べると凶暴性を語る言が多く、同じモロとしてちょっとショックを受けていたのですが、第二次世界大戦がはじまろうとしている中、現地への調査とその中でも芸術の素晴らしさを見つけだす宮武の視線に少し救われました。


モロ族の腰当
"ミンダナオ島の西南海上に浮かぶバシラン島にはヤカーン族の一大部落が点在して居るがが、ボヘルボンの海岸には少数のモロ族が、海上遥か沖合まで棒杭を組んで小屋をつくり、文字通り水上生活をやって居る。二本の竹を立杭に結びつけたものが家から家への道であるが、その綱渡りの危ない芸当をして家々を覗き廻っているうちに、とある家から筬音が聞こえてきた。覗くと眸の美しい娘が渋い棒縞の布を織って居たが、その布の糸の端を背中にまわして引き張り、股上で筬を運んで居る。その背には図のような克明な透し彫りをした板をあてて、端糸の背に喰ひ入るのを防いで居たが、これをいよいよ手に入れるまでには、この危ない竹の道を三日間渡り通ったのであった。"

モロ族とバゴボ族の石灰入
"共に檳榔(ビンロウ)の実の切り目に入れて噛む石灰入れである。(略)モロ族にしてもバゴボ族にしても、共にフィリピンの南端に住む原始人ではあるが、こうした鋳造や象嵌には特殊な技巧と優秀なデザインをもって居る。彼らの間には必ずかうした石灰入れを一人一個の割に所持して居るが、只一つでも同じものが存在しない。彼らの間ではそうした器物の製作者と云う分業がない。彼ら全体が製作者であって、自分の物は自分で製作をして居るのである。"

(世界原始民藝図集より抜粋)
  • モロ族の腰当て
  • フィリピン モロ族 撮影:宮武辰夫
  • 石灰入れ(モロ族・バゴボ族)

2020/03/25 11:10:00 宮武辰夫コレクション展 ~紹介その4~

  • Category展覧会
  • Posted by西村
日差しが「春」になってきました。
日焼けが、少しだけ気になるお年頃の西村です。

さて、展覧会紹介〜その4〜をお届けします。

「宮武辰夫コレクション展 〜『世界原始藝術図集』から〜」

その3より引き続きまして、台湾に住む原住民族「ヤミ族」についてもう少し紹介したいと思います。
ヤミ族は、紅頭嶼(現在の蘭嶼)という台湾本島の南東に浮かぶ小さな島に住む原住民です。
彼らは、首狩りの習俗を持たず、タロイモなどの栽培やトビウオ漁などの漁業に従事して生活をしていました。。

ヤミ族の模様
彼らが使うさまざまな器物には、精霊文や太陽眼文などが模様としてあしらわれています。彼らは祖先が亡くなると悪霊「アニト」になると信じており、アニトから身を守るためにこのような模様を施しているそうです。また、アニトと戦うための甲は、アニトには顔を見られてはいけないので、目の部分だけがあいた不思議な形をしています。

ヤミ族の舟
会場では2点、小さな舟の模型を展示していますが、じつは「タタラ」と呼ばれる一人乗りの小型舟も寄贈資料に含まれていました。何人もが乗れる大型の舟は、「チヌリクラン」といいます。これらの舟は赤、黒、白の三色で、上記の太陽や、精霊などの文様が施されています。
ここで使われている三色は、オーストロネシア語圏と呼ばれるマダガスカル、インドネシア、フィリピン、台湾、パプア・ニューギニア、そしてニュージーランドを含む地域に共通してみられる色です。
赤は土から、黒は炭、白は貝殻から生成します。

舟の前後にはモロンと呼ばれる羽飾りがつけられます。船体に施された文様とともに海での安全を祈るものです。

宮武のヤミ族の舟に関する記述を以下、抜粋して載せておきます。

"…前略… 矢羽根板が飛ぶように漆黒の長尾を持つ黒三光鳥が、スイスイと斜陽に影して森に入るころからの部落は、一日の灼熱からほっと救われたように、男たちがもちかへる海の幸を待つ女たちの群で一頻り海辺は艶しく賑ふてゆく。
 …中略…
元来原始人の舟はその殆どが大木を刳って造ったカヌーであるが、このヤミ族の舟は立派に龍骨を基礎として約八つの部分を組み合わせて居ることにその特徴がある。"
(宮武辰夫著「世界原始民芸図集」第1輯 別冊第1巻 より抜粋)

 "この白、黒、朱の三彩の分布は興味深いものであって、ここ紅頭嶼では、白はシャコ貝を砕いて石灰としたもの、黒色は煤や木炭から、朱は山の年度のうちから製して居る。ニユウギネアのパプアやカヤカヤ族、セレベス島のトライヤ族など、主として東印度諸島には色彩に決定的な共通点があるが遠くフィリピンの来たルソンからバタン列島を飛び石伝いに、この紅頭嶼に至るまで、完全に共通色彩の流れを見ることができる。…後略"
(宮武辰夫著「世界原始民芸図集」第1輯 別冊第1巻 より抜粋)


このほか、舟につけるモロンが文様としてあしらわれた釣り具箱や、芋ほり棒、守り刀などを合わせて展示しています。

  • 舟の模型(中央部分) 長いのは芋ほり棒
  • 舟の手入れ(撮影 宮武辰夫)
  • ヤミ族の舟(撮影 宮武辰夫)

2020/03/23 14:20:00 宮武辰夫コレクション展 ~紹介その3~

  • Category展覧会
  • Posted by東上
今朝の哲学の道の桜並木の周辺の空気は、ぼんやり桜色を纏っていて美しかったです。
やたら「の」が多かったですね。東上です。

展覧会紹介〜その3〜をお届けします。

「宮武辰夫コレクション展 〜『世界原始藝術図集』から〜」

小原豊雲記念館よりご寄贈いただきました「宮武コレクション」の中でも台湾の資料は約2割をしめます。その中でも、パイワン族の資料は約90点ほどです。
前回のブログでも紹介がありました台湾の資料は数多く展示しておりますので、もう少し紹介したいと思います。

宮武辰夫が台湾を訪れたのは、1918年(大正7)に7回(アミ、パイワン、タイヤール、ブヌン族)と1935年(昭和10)に紅頭嶼(ヤミ族)と数多い。また、1936年(昭和11)から東印度諸島へ向かう際も、途中台湾へ立ち寄っています。宮武にとって台湾は、さらなる原始藝術研究の旅に駆られた場所に違いないでしょう。


パイワン族の木匙(きさじ)
“食物の精霊の力によって人は生命をつなぎ、子供も殖えて行くと信じて居る彼等の間では、そうした食物を運ぶ匙類にも、その機能を念願した彫刻が施されてある。…”

パイワン族の盾
“パイワン族にとって蛇は守護神である祖先である。特に猛毒を持つ百歩蛇なんかは、噛まれると百歩も歩まない間に生命をとられるとまで云われている毒蛇であるが、彼等はそうした毒蛇――強い人間を一噛みで殺してしまう程に強い蛇には一層畏敬の念をもって信仰している。”

ヤミ族の女の禮帽(れいぼう)
“台湾の東南五十海里の洋上にのみ住むヤミ族は、些の文化の浸潤もなく、往古の秘俗をさながらに伝えているが、そこには又珍奇な壺や織物木彫りなどが見られる。この女の禮帽もそうしたものの一つであるが、勿論一つの木材を刳り削ってつくったものである。…用途は祭禮とか隣村などへ出かける時にこれをかぶって居るが、なかなか重いものである。中にはこの表面に銀貨を打ち伸ばしたものを張り付けたものも見かけるが、皆悪魔妖靈を除ける呪からである。”


アミ族の傳令鈴(でんれいすず)
“台湾東岸のアミ族の間には…一朝事の起った場合、急は先づその青年宿泊所に告げられる。これを聞いた青年はこの鈴を腰にさして村中を走って山間に点在する家々にその鈴の音によって急を告げるのである。…その傳令の意味はその腰のふり方によって異なる鈴の音色で、今起った急事の性質を知るのであるが、如何にも原始社会での必須性をもった大切なものに違いない。”

(世界原始藝術図集より抜粋)



図集からもわかるように、普段使うものへの祈り、強い力を畏れ敬う心、目に見えない力への呪い(まじない)は、生活への必然性であり、純粋で素直な信仰そのものであり、それらが強烈な美の力を以って宮武の心を射止めたのでしょう。

展覧会にあたり資料整理をお手伝いした時に、宮武コレクションを目にした私ですが、禮帽を初めて見た時は、重すぎてまさか帽子とは思わず、盆を初めて見た時は、窪みはあるけれどまさか盆とは思わず、盾は帽子と兼用だと言うし、図集と読み進めるとともに私たちの思い込みが全く通用しない驚きの連続でした。




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写真①上の左右:台湾生蕃の衣装、下の左右:パイワン族の酒杯、パイワン族の盾・パイワン族の木椀・酒杯・盆、右上の写真左下:パイワン族のパイプ
写真②左上・中央左:パイワン族の連杯部分、中央:生蕃の火薬入れ、中央右:パイワン族の木製精霊文櫛、下:パイワン族の木匙
写真③上:台湾ヤミ族のいろいろ(争闘士像、守刀、舟の模型、芋掘り棒)、左下:ヤミ族の女の禮帽、右下:アミ族の伝令鈴

  • 写真①
  • 写真②
  • 写真③

2020/03/19 11:30:00 宮武辰夫コレクション展 ~紹介その2~

  • Category展覧会
  • Posted by西村
ここのところの気温差に何を着ていいのかわからない西村です。
新型コロナウイルスの収束と平穏を強く望みます。

さて、再開のめど未だ立たずの国際文化資料館ですが、引き続き展覧会の一部をご紹介していきたいと思います。


「宮武辰夫コレクション展 〜『世界原始藝術図集』から〜」

今回の〜紹介その2〜では、入り口近くの宮武辰夫自室写真のある展示ケースから、「パイワン族の蒸籠(せいろ)」をご紹介いたしましょう。この展示ケースでは、宮武辰夫の自室の雰囲気を味わっていただこうと図集から写真を引き伸ばし、その写真の両脇には棚を入れて再現展示のようにしています。

宮武辰夫は、函館にてアイヌ芸術に触れたのち、台湾に何度もわたっています。
その中で出会った逸品がこちらの蒸籠です。

パイワン族の蒸籠(せいろ)
"(抜粋)…用材は山桐であって中は刳り抜きの共木の段があってそれには豆粒大の穴が十数個あいて居るがこの蒸籠をたぎる壷にかぶせて、煮え立つ蒸気が中段の小穴を通ってその上のものを蒸すのである。懸命に彫って生まれた稚拙美、企まない小口の傾斜、輪のゆとりと柔さ、人面の巧みな省略、猛毒百歩蛇の図案化――そうしたものをすっかり覆った馴れの美しさ。"
(宮武辰夫著『世界原始藝術図集』第1輯 別冊第1巻より)

パイワン族は、現在台湾で認められている原住民族の一つで、台湾南部の山間部に住んでいます。頭目、貴族、平民という階級がありました。猛毒といわれる百歩蛇に関する伝承があり、信仰の対象にもなっています。そのため百歩蛇や精霊文様は、身の回りの様々な器物、例えば木皿や櫛など生活用品に文様として施されています。精霊文様には愛嬌があり、温かみを感じます。


ではまた引き続き、ご紹介していきたいと思います。
ブログへのご来場、ありがとうございました。
  • 宮武の自室写真と収集資料
  • パイワン族の蒸籠
  • 精霊の頭部、その下の幾何学文は図案化された蛇

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