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ブラジルポルトガル語学科ブログ RSS

2017/10/25 20:50:00 アフロ・ラテンアメリカの古都リオを歩く (1)

  • Categoryブラジル紹介
  • Posted by住田 育法
 低所得者層の共同体と裕福な住人の地区が混在する、新世界ブラジルの古都リオデジャネイロ(以下、リオと記す)のコントラストを愛でたのは、かの地で没したオーストリアの文豪シュテファン・ツヴァイク (Stefan Zweig) でした。ユダヤ人の彼は、第二次大戦のヨーロッパを逃れて南米のブラジルに居場所を得たのです。
 晩年の作品『未来の国ブラジル』(写真・ポルトガル語版の表紙) の中で、民族差別の激しいヨーロッパとは異なり、ブラジルのコパカバーナの海岸では、低所得者層地区の丘 (Morro) から降りてくる黒人の子どもも、裕福な白人の海水浴客も、ともに同じ砂浜で平和に遊んでいると、ブラジルの姿を讃えています。曲がりくねっていて迷ってしまう街路も、これをたいそう気に入っていたツヴァイク。私も作家ツヴァイクのようにひたすら歩き、予期せぬ素敵な風景との出会いを楽しみました。
 ところで低所得者層の地区は、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の映画『リオ40度』では、古都のパノラマのひとつとして、風景に溶け込んでいます。丘に広がる空間は、夜になると宝石を散りばめたような夜景を演出します。真夏のカーニバルではその住民が主役となって、華やかな民衆文化の祭典が繰り広げられるのです。もっとも、この低所得者層の空間は、いつも「風景」として私は遠くから眺めるだけです。訪れるには、現地の研究者がいっしょでなければなりません。日本人のSUMIDAが訪問することを地区の「ボス」が許可し、その「ボス」の関係者が同行することが条件です。
 古都京都の週末を散策するように、アフロ・ラテンアメリカ音楽サンバのリズムが心地よい、古都リオをしっかり歩きました。危険な地区ではない、古いリオの空間です。
 大西洋の彼方のアフリカから黒人たちが奴隷という商品として運ばれ、ようやく降り立ったリオ。いま19世紀に造られたヴァロンゴ埠頭が世界遺産に登録され、にわかにユネスコの世界遺産の観光地として外国人観光客を集めています。サンバ誕生の北地区 (Zona Norte) です。土曜の午後は、ビールやサンバが陽気な住民の気分を盛り上げます。研究仲間の友人が住んで居いるので、私はコンセイソンの丘を毎年訪れています。古い歴史の香りの漂う、石畳の坂道は格別です。
 古都のリオ散策は、21世紀のいまも、素敵です。
  • 『未来都市ブラジル』ポルトガル語版の表紙
  • 街角のアフロ音楽の週末
  • コンセイサンの丘 (Morro) の街角の音楽家たち

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