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ブラジルポルトガル語学科ブログ RSS

2017/04/29 08:00:00 南蛮空間、京都を歩く(5)

  • Categoryポルトガルのニュース
  • Posted by住田 育法
 南蛮空間を実感するため、はるか426年前に、外敵の襲来に備える防塁と川の氾濫から都を守る堤防として豊臣秀吉が築かせた、御土居を歩きました。

 京都の北区に居住する筆者は、天神川と呼ばれる紙屋川 (かみやがわ) 沿いの小道を、日常の散策に利用しています。今回は、堀川通りを上賀茂まで歩いて北上し、そこから「御土居」巡りを始め、金閣寺のそばの鷹峯 (たかがみね) を越えて、新緑の美しい北野天満宮境内の馬喰町の御土居までたっぷり歩きました。新緑の季節のウォーキングは実に快適です。
 ところで、京都の東を流れる鴨川は上流に遡 (さかのぼ) ると、現在、賀茂川と書きますが、天神川は、平安京のときには西堀河、もしくは柏 (かえ)川と呼ばれ、朝廷が用いた紙を漉 (す) いた紙座があったことから、紙屋川と称されるように。やがて、「天神さん」、つまり菅原道真を祀る北野天満宮の西を流れるので、天神川と。今では、上流から下流まで「天神川」と総称されています。

 御土居には、都の洛中と洛外を区別する役割もあったので、御土居を歩くことは、南蛮屏風 (参照:写真) に描かれた古い歴史の「洛中」を21世紀の今、体験することになります。まさに「土塁」が提供してくれる南蛮空間との出会いです。
 ちなみに、僅かに残る「御土居」のうち,以下の9か所は国指定史跡になっています。

(1)北区鷹峯旧土居町
(2)北区大宮土居町
(3)北区紫竹上長目町・上堀川町
(4)上京区寺町広小路上ル北之辺町(廬山寺内)
(5)中京区西ノ京原町
(6)上京区馬喰町(北野天満宮境内)
(7)北区平野鳥居前町
(8)北区紫野西土居町
(9)北区鷹峯旧土居町

 佛教大学の紫野キャンパス西の北区鷹峯旧土居町に立ててある案内板の説明を以下に紹介しましょう。
 
 史跡 御土居 (おどい)
 京都の「御土居(おどい)」は、天正19年 (1591) 豊臣秀吉が多数の人びとを動員して築いたものである。これより先、戦国乱世の時代に、京都では「町の構 (かまえ)」や「ちゃうのかこい」を築いて、町を自衛する態勢がとられた。また、堺や山科、石山をはじめ各地の寺内町などの都市や村落でも環濠城塞 (かんごうじょうさい) 化する動きがみられ、こうした動きをうけて「御土居」は築かれたが、住民が自衛するための施設ではなかった。
 天下一統をとげた秀吉はながい戦乱で荒れはてた京都を復興し、その近世城下町化をはかったのである。まず聚楽第 (じゅらくだい) を設け、これを中心に街区 (がいく) を改め、寺院を寺町と寺の内に集めた。そして、まわりに濠 (ごう) と土塁 (どるい)をめぐらし洛中 (らくちゅう)と洛外 (らくがい)を分ち、「御土居」に七口を設けて洛外との 交通をここに限ろうとした。秀吉は「刀狩り」の政策に示されるように、民衆の自衛権を否定し、都市を支配し、その権力を示すために「御土居」を築いた。
 (中略)
 ここは「御土居」の西辺の北端に近く、その底部は幅十間、南が「御土居」に設けられた切通 (きりどお) し、中野道になり、西の小道に面して藁葺 (わらぶき) の入母屋造 (いりもやずく)りの鷹ヶ峯番小屋がおかれ、西へなだらかな斜面をなして紙屋川の谷へつながっていた。洛外への見張りの小屋の役目を果たしていたのだろう。史跡公園として整備するにあたり、この番小屋の位置に亭をおいた。わが国に数少ない都市をめぐる城塞 (じょうさい) の史跡として、また日本の都市についてかんがえる場としてこの「御土居」の価値はきわめて高い。史跡公園として、また近隣住民の憩いの場として保存され、活用されることを期待する。                 昭和54年10月 京都市


 最後に京都における「南蛮」の軌跡を、略年表で確認しておきます。

1550年 ザビエル入洛。ザビエル離京。ビレラ、将軍に謁見。
1559年 京都でのキリスト教布教本格化。
1561年 京都最初の礼拝堂建設。
1576年 礼拝堂再建。
1582年 本能寺の変、信長自害。。
1586年 秀吉、豊臣の氏を賜る。聚楽第造営、開始。 
1587年 聚楽第完成。豊臣秀吉、宣教師追放令。 
1590年 秀吉、大規模な京都改造事業に着手。
1591年 秀吉、御土居を築く。
1596年 宣教師・信者への大規模な迫害始まる。
1598年 秀吉、死去。
1603年 長崎版『日葡辞書』日本イエズス会刊行。
1604年 復興されたヤソ会の天主堂教会が京都にあった。
1612年 幕府、キリシタン大弾圧開始、天主堂も焼き払われる。

 それでは、皆さん、天神川西の京都外国語大学のキャンパスでお会いしましょう。アテー・ブレーヴィ (Até breve)!
  • リスボン市の国立古美術館展示の南蛮屏風 「南蛮寺」の様子 筆者撮影。
  • 北野天満宮境内の御土居 (写真右側) 天神川は手前 (南) に下って水量を増し、京都外国語大学キャンパス西を流れています。
  • 北野天満宮境内の御土居の案内板 「青もみじ」の季節に訪問。

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