2017/01/03 12:50:00 東アジア南蛮空間の旅(4)
- マカオのニュース
- 住田 育法
ポルトガル語を公用語とする世界の9ヵ国は、ヨーロッパのポルトガルを除いて、すべて熱帯に位置しています。中国のマカオも回帰線に挟まれた高温多湿の地域です。ポルトガル人は過去の大航海時代に、熱帯空間の旅を経て、はるか東洋の気候温暖な日本に到達したのです。当時の東アジアのキリスト教布教活動の拠点はマカオでした。
今回はそのマカオに近い台湾を私は取上げます。理由は北回帰線が通る熱帯の台湾で、遠藤周作の作品『沈黙』の映画製作のための撮影が行われたからです。2017年1月2日の夜、NHKBS1が、過去、「タクシードライバー」など多くの名作を作った今回の米国人マーティン・スコセッシ監督やキチジロー役の日本人俳優へのインタビューに基づいて、映画製作の舞台裏に迫るドキュメンタリー番組を放送しました。1月7日(土)午後7時から再放送。
2012年に私は映画『沈黙―サイレンス―』のロケ地と伝えられている台湾の花蓮を訪問しています。日本からマカオへ向かうとき、台北経由の航空路線があります。さらに、マカオ在住のポルトガル人たちの勧めもあって、近年、台湾に出かけるようになりました。ポルトガル語を聴くためにはマカオが良いのですが、世界のポルトガル語圏、特にブラジルの「熱帯」の文化を楽しむには、英語の通じる台湾も素敵です。モンスーン気候によって熱帯のような夏を迎える西日本の環境は高温多湿の台湾の自然に似ていることを実感しました。
スコセッシ監督は、日本語と欧米の言語の間に訳本には「翻訳の問題」があることを指摘しています。それは「棄教」あるいは「転ぶ」という言葉です。宗教の問題、というより、文化の違い、という立場からNHKの番組で、配慮せずに訳すことは、「誤訳」であるとまで主張しています。映画では予告編を観ると「棄教」は "Lost God"、「転ぶ」は "KOROBU"と語らせていますね。
私の手元にはブラジルで購入した『沈黙』のポルトガル語訳版があります。これは英語版からの重訳のようです。「棄教」は「apostasia」、「棄教する」は「apostatar」としています。そして、日本人が「転ぶ」とも表現している箇所も「棄教する」と同じ「apostatar」になっています。「転ぶ」とは転んだのであって、「起き上がる」と、また元のキリスト教徒になる、ということも起こり得るのですから、もっと表現に幅を持たせるべきである、との監督の解釈に私も賛成です。
宗教に対するこのような柔軟な姿勢は、欧米人には理解しがたいものであると監督は続け、文化の違いへの配慮を映画では試みたと述べています。
宣教師が悩んだ「棄教」の行為と神の「沈黙」の問題は、作家の遠藤周作自身の悩みでもあったはずだと監督は述べ、世界が不確実な時代に突入した今だからこそ、『沈黙』が伝える視点は意味がある、と強調しています。
2017年1月21日(土)に日本で劇場公開されます。「棄教」と「転ぶ」が『沈黙―サイレンス―』の重要なテーマです。
今回はそのマカオに近い台湾を私は取上げます。理由は北回帰線が通る熱帯の台湾で、遠藤周作の作品『沈黙』の映画製作のための撮影が行われたからです。2017年1月2日の夜、NHKBS1が、過去、「タクシードライバー」など多くの名作を作った今回の米国人マーティン・スコセッシ監督やキチジロー役の日本人俳優へのインタビューに基づいて、映画製作の舞台裏に迫るドキュメンタリー番組を放送しました。1月7日(土)午後7時から再放送。
2012年に私は映画『沈黙―サイレンス―』のロケ地と伝えられている台湾の花蓮を訪問しています。日本からマカオへ向かうとき、台北経由の航空路線があります。さらに、マカオ在住のポルトガル人たちの勧めもあって、近年、台湾に出かけるようになりました。ポルトガル語を聴くためにはマカオが良いのですが、世界のポルトガル語圏、特にブラジルの「熱帯」の文化を楽しむには、英語の通じる台湾も素敵です。モンスーン気候によって熱帯のような夏を迎える西日本の環境は高温多湿の台湾の自然に似ていることを実感しました。
スコセッシ監督は、日本語と欧米の言語の間に訳本には「翻訳の問題」があることを指摘しています。それは「棄教」あるいは「転ぶ」という言葉です。宗教の問題、というより、文化の違い、という立場からNHKの番組で、配慮せずに訳すことは、「誤訳」であるとまで主張しています。映画では予告編を観ると「棄教」は "Lost God"、「転ぶ」は "KOROBU"と語らせていますね。
私の手元にはブラジルで購入した『沈黙』のポルトガル語訳版があります。これは英語版からの重訳のようです。「棄教」は「apostasia」、「棄教する」は「apostatar」としています。そして、日本人が「転ぶ」とも表現している箇所も「棄教する」と同じ「apostatar」になっています。「転ぶ」とは転んだのであって、「起き上がる」と、また元のキリスト教徒になる、ということも起こり得るのですから、もっと表現に幅を持たせるべきである、との監督の解釈に私も賛成です。
宗教に対するこのような柔軟な姿勢は、欧米人には理解しがたいものであると監督は続け、文化の違いへの配慮を映画では試みたと述べています。
宣教師が悩んだ「棄教」の行為と神の「沈黙」の問題は、作家の遠藤周作自身の悩みでもあったはずだと監督は述べ、世界が不確実な時代に突入した今だからこそ、『沈黙』が伝える視点は意味がある、と強調しています。
2017年1月21日(土)に日本で劇場公開されます。「棄教」と「転ぶ」が『沈黙―サイレンス―』の重要なテーマです。