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ブラジルポルトガル語学科ブログ RSS


2013/09/17 16:20:00 SENSEI - HASHI - GAKUSEI

  • Category授業紹介
  • Posted byFelisberto Sabino da Costa
A ideia de ponte (hashi) emerge da parceria estabelecida entre a USP e a KUFS, das paisagens de Kyoto e São Paulo, da relação ensino-aprendizagem e, principalmente, do contato na ambiência da aula.


授業紹介をPDFで作成しました。ポルトガル語で紹介していますが、読んでください

Clique aqui para ler texto em PDF:
SENSEI . HASHI . GAKUSEI

  • No final, as experiências foram inscritas num barco, o fim (ou início) de um percurso.
  • A voz poética dos alunos
  • A voz poética dos alunos

2013/09/01 18:20:00 石の文化と山火事

  • Categoryポルトガルのニュース
  • Posted by住田 育法
ポルトガルに滞在していますが、今年も、山火事の話題に心を痛めています。

きのう、友人のトルガル教授夫妻の案内で車でコインブラからトマールに向かい、大航海時代を代表するマヌエル様式のキリスト修道院を訪れました。ドライブの途中、緑の風景の中に、黒く焼け焦げた広大な木立群に出会いました。昨年はアルコバッサ修道院を訪問、帰るときにコインブラの方向に山火事の煙が立っていて、教授がしきりに自宅の様子を携帯電話で確認していたのが、思い出されます。

ポルトガル北部はローマの影響を受けた、「石の文化」、南部はイスラム教徒の影響を受けた「土(タイル)の文化」だと表現されます。北部のローマの影響は、山々の植生にもかかわっていて、生活のために、松と杉を一面に植林したようです。松は実を食べる種類と木材を建築に利用するものに二分されます。一面に広がる松林は、いったん火が付くと、よく燃えます。気温が高く、乾燥し、さらに風があると、猛火となって燃え広がります。パルプ材に利用されるユーカリ林も近年のポルトガルの風景になっていますが、これも火事への不安を増しています。

コインブラでたばこの吸い殻のポイ捨てを何度も見ました。石畳のうえにかすかに煙をくゆらせる吸殻は、やがて、消えてゆきます。しかしもし、乾いた草と松の森にこれが捨てられると、山火事の原因になります。

紙と木で作られた家に住む日本人は、いつも、火事のことを気にかけて、火の始末をするはずです。石の文化では、こうした配慮がやや、ルーズなのかもしれません。もう1つ、牧畜には、家畜につく害虫を駆除するために、枯れ草に火をつけ、きれいな新芽を期待する作業があります。この枯れた雑草を燃やすことも、火事に繋がるのかもしれません。

21世紀になって毎年、夏にポルトガルを訪れていますが、繰り返される山火事に出会い、容易に解決策の見えない現状に苛立ちを覚え、ついにポルトガル文化の中に背景があるのかと考えてしまいます。「文化」であれば、時間と空間、つまりある地域の歴史と自然が育んだ営みとして、引き継がれることになりますね。とんでもないことです。

コインブラに8月30日、31日、9月1日と滞在しましたが、地元紙の一面記事は、連日、山火事と若い消防士死亡の記事でした。

9月1日(日)
「何百人もが、亡くなった女性消防士への、最後の別れに」『ディアーリオ・デ・コインブラ』


私が登山し感動したカラムロ山では、今回、4名の消防士、男性2名、女性2名が命を落としました。コインブラからポルトに移動しましたが、途中、雲とみまがうほどの猛烈な山火事の煙が立ち込めていました。いつの日にか、山火事の無い夏が、ポルトガルに訪れますように。
  • 今年のカラムロ山の火事は7年前に友人夫妻と登った箇所とは別の地域で発生。
  • カラムロ山の消火活動 RTP報道写真より
  • 火事とは無縁と思われる石の風景 ポルト市にて

2013/08/28 09:00:00 ブラジル人は言葉の魔術師!

  • Categoryブラジル紹介
  • Posted by住田 育法
ブラジルでは、スローガンが、現実の政策以上に大切だと言われます。
独立のときは、INDEPENDÊNCIA OU MORTE、独立か死か。
国旗には、ORDEM E PROGRESSO、秩序と進歩。

政治家のスローガンで有名なのは、ブラジリア遷都を実現したクビシェッキ大統領の"50 ANOS EM 5"、つまり、「50年かかる進歩を5年で実現しよう」というものです。

今の労働者党政権で感心するのは、短い、政策のための適切なスローガンです。

FOME ZERO
フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ政権のとき始まり、ルラ政権で定着した「飢餓ゼロ」という呼びかけです。国の各地に低廉な食事提供の施設を作りました。

BOLÇA FAMÍLIA 
貧困世帯向け直接補助金制度ですが、「家庭」、という語が親しみを持たせます。

LIXO ZERO
ゴミゼロの意味です。私のブラジル滞在中に始まりましたが、日本の駐車禁止の取締りのように、市の担当官がペアで監視をします。たとえ爪楊枝1本でも、罰金の対象になります。

RIO SEM FUMO
リオではレストランやホテルなど公共の屋内では禁煙です。

MAIS MÉDICOS
これは、「もっとお医者さん」を、という、医師拡充政策の呼びかけです。

ローマ法王がリオを訪問したときも、大切なのは、その「言葉」でした。

きのう、私が留学していた大学の学生から記録ビデオ用のインタビューを受けたとき、「交流を続けるメリットは」と聞かれたので、「本では学べない友情や知識を得ること」と応えたら、いいコメントだと褒めてくれました。でも、ブラジル人には負けますね。
  • 禁煙のスローガンRIO SEM FUMOのポスター
  • LIXO ZEROの取締りをする市の担当官
  • ニテロイ市のBOLÇA FAMÍLIAの執行所

2013/08/25 13:50:00 2013年6月の歴史的大衆運動・街頭デモの素顔!(その7)

  • Categoryブラジルのニュース
  • Posted by住田 育法
ニテロイ市の大学に留学するためにリオの地を踏んで、39年8か月が経ちました。そして今、再びリオを訪問しています。冬とはいえ亜熱帯特有の強い太陽光線が水面にきらきらと照りかえる、麗しの古都リオは、いつも私を暖かく迎えてくれます。

きょう8月24日(土)は、貧者の父と慕われたジェトゥリオ・ヴァルガスの命日です。私が留学していたときが、没後20年目、W杯の来年が60周年となります。第二次大戦中は国威発揚のため、スポーツや音楽を支援した独裁者でもありました。カトリックの国では珍しく、行政の責任をとって拳銃で自殺した、現在でも多くの国民に慕われている人物です。首都リオを舞台に、黒人や労働者の地位向上と「ブラジル人のためのブラジル」の成長を目指したと理解されています。

さて、現在の政治ですが、大衆動員の街頭デモはほとんど収まりました。急落していたディルマ・ルセフ政府の人気も、きのう発表されたブラジル世論統計院(Ibope)の数字で、7月12日(金)の「とても良い/良い」31%からついに38%に回復、「とても悪い/悪い」が31%から24%に落ちました。反論があるものの、キューバなどから大量の医師を招聘するなど、国民の健康に配慮した政策が評価されているといえます。

リオの友人とおしゃべりしながら、着実に改善されつつある基礎的インフラの改善や行政の合理化を実感しています。デモの印象は以下のとおりです。

1. ヴァンダリズムは除き、ほとんどの友人が街頭デモを支持しています。デモでは政府への批判が濃厚ですが、ディルマ政権の評価は、ルラ元大統領の労働者党が貧者保護に力をいれたことに繋がっています。

2. 批判のトップは政治家の腐敗。エリート出身者が少ない労働者党そのものに、汚職を生む土壌が存在する、と論じる人もいます。

3. ブラジルの大学の友人は、入学特別枠によって、着実に黒人や貧困家庭の学生が増えていることを称えています。同時に、貧者への支援は、その消費を拡大させることで生産者にも良い影響を与える、と労働者党政権を評価しています。

4. 政党を越えたデモとはいえ、貧者は労働者党を支持し、富裕層はこれを批判します。世論調査の動向は、ディルマ支持に動いていますので、2014年大統領選挙では彼女が最有力候補となってきています。


日本やヨーロッパの都会の生活と変わらないおしゃれで便利なニテロイ市イカライ地区に滞在している私は、不便なスラムの住民や内陸部の貧者に対する支援を熱く語る、友人たちの姿に安堵しています。リオは19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスのパリの町並みを庶民の住居にまで取り入れ、ヨーロッパ移民を積極的に受入れます。サッカーやサンバの風景とは異なり、日常のリオの主役は、そうした人たちです。しかし今、若いエリートたちが、社会正義と民主主義を実践し始めているのです。なお、2010年ブラジル地理統計院の資料によれば、もっとも裕福なA階級がニテロイ市では30.65%を占めていて、数字の上ではブラジルで一番お金持ちの多い都市です。2位が27.66%のフロリアノポリス、3位がヴィトリアで26.92%です。大都会のリオは19.23%で14位、サンパウロが17.71%で17位になっています。私が留学していたときリオとニテロイを結ぶ橋が開通したのですが、これによって裕福なリオ住民がニテロイに移り、個人所得が向上したと理解されています。
  • グワナバラ湾の船上からリオを望む パンデアスーカルの外が大西洋
  • 共同研究者ニレウ教授のお宅で
  • フルミネンセ連邦大学の友人たちとネルソン・ペレイラ監督ご夫妻といっしょに

2013/08/18 11:50:00 2013年6月の歴史的大衆運動・街頭デモの素顔!(その6)

  • Categoryブラジルのニュース
  • Posted by住田 育法
ブラジル理解のキーワードは、「異種族混淆」、「真心」、そして「曖昧さ」です。デモについては「ヴァンダリズム」や「参加型民主主義」でしょうか。ただ海外の影響の強いブラック・ブロックなどのヴァンダリズムには、多くの皆さんが辟易しているようです。

6月15日(土)、ブラジリアで開催されたサッカー・コンフェデレーションズ・カップの日本対ブラジル戦でブラジルが勝利したころから、日曜日を挟んで、17日の月曜日にリオの中心街に10万人規模の民衆が集まり、公共交通運賃値上げ中止を求める主張を始めてから、ちょうど2カ月になります。8月16日(金)に私はサンパウロを発ち、ちょうど今、サッカー・コンフェデレーションズ・カップで日本が敗れたブラジリアに来ています。街はたいへん穏やかですが、庶民の集まる中心街で飲料水を買ったとき、店員が「ブラジルが3対0で日本に勝った」と挨拶をしてくれました。おそらく私に似た日本のファンがたくさんこの店を訪れたのでしょう。来年、ブラジル全土で開催されるワールドカップ開始まで300日を切りましたね。

外務省の建物に激しいデモがなされたブラジリアは、今は静かです。一方、サンパウロやリオの中心街では、未だ政治家の汚職を批判する、やや過激な街頭デモが続いています。しかし、2カ月前に比べて規模は縮小しています。

ブラジルに滞在しながら、今回の街頭デモについて、次の三つのことを考えました。まず、ブラジルの皆さんは、比較的たやすく主張を変更する、ということです。「絶対反対」と叫んでいても、やがて「状況が変われば主張も変わる」と述べ始めます。これは、批判される側にも、批判する側にも見られます。汚職への批判も「制度に問題があったので、それを改革すべきだ」、といった曖昧な表現への変化が今、見られます。第二に、政府の批判をするためには、国際感覚や批判するための教養などの手段が必要です。したがって今回のように、比較的裕福な中流階級の若者が中心となって行動することになります。そしてもし警察に捕まっても、「親の縁故」などで釈放される立場にいるようです。ブラジル映画の舞台となっている、リオのスラム街の麻薬売人たちへの対応とはまったく異なります。三つ目は、友達を大切にするネットワークのあり方です。アミーゴから携帯電話にデモ参加への呼びかけがあれば、皆で参加する、というような雰囲気です。

2カ月前に日本から、フェースブックなどのソーシャルネットワーク上で、暴力行為を私が批判しても、ブラジルの友人の反応はあまりなく、むしろ、政府や警察への批判を熱心に行っていたので、ブラジルに来て、多くが大学教授である友人から聞く街頭デモ支持のコメントに驚きはしません。むしろ、ブラジルの皆さんの特徴について、いろいろなことを考えているところです。ジルベルト・フレイレセルジオ・ブアルケ・デ・オランダスキッドモアらの作品を再度、丁寧に読みたくなりました。

日曜日のお昼、ブラジリア南地区の古いレストランで北東部の干し肉料理を、北東部のレシーフェ出身の人類学者である友人と楽しみました。遷都直前から建設がなされた、教会、学校、住居、商店などが集まっている地域です。満員の客席で、リオのフラメンゴとサンパウロのSPFCのチームのユニホームを着た人たちが、それぞれ歓声を上げていました。午後4時からマネ・ガリンシャ競技場で試合が始まりました。私の友人はその建設に巨額の資金が使われたことを批判していましたが、サッカーファンにとっては応援するにふさわしい待望の競技場のようです。ホテルの近くに競技場がありますので、赤と黒のフラメンゴのユニホームを着たファンがお昼前からぞろぞろと歩いて、そちらに向かっていました。
  • ブラジリアの瀟洒なカテドラルや国会議事堂
  • サンパウロ中心街のモダンなビル、コパン
  • リオのヴァルガス通りのカンデラリア聖堂

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