在学生の声
2024/03/22 10:20:00 弁論大会を振り返って③―松尾有紗さん(1年次)
在学生の声
フェリッペ・モッタ
ブラジルポルトガル語学科1年次生の松尾有紗です。
今日は皆さんに私の弁論大会挑戦までの体験談と今後皆さんが少しでも挑戦してみたいと思っていただけるような感想をここに述べさせていただこうと思います。
1. 道のり・きっかけ
私は入学前から弁論大会が毎年開催されていることは知っていました。上位に入賞することが出来れば留学するチャンスがあるかもしれない副賞に魅力を感じ、チャレンジしようと決意していました。
出場が決まったのが遅く、本番までの時間は限られていましたが、今の自分の実力を知りたいとともに「挑戦することに意味がある、目の前にあるチャンスは逃したくない」と考えていた私はすぐに日本語の原稿作成から取り掛かりました。
2. 準備期間
本来ならば演題の内容からじっくりと考え日本語の原稿作成に取り掛かりたかったのですが、私の場合はとにかく時間がありませんでした。本番までギリギリということから内容にまとめやすく自分に合った話しやすく、尚且つ聴衆の方々に伝えたいことを紙に箇条書きで絞り出した後、2,3日程で日本語の原稿作成に取り掛かり完成させました。不運なことに体調も崩してしまったため正直時間は本当にないようにも思えていました。
日本語の原稿作成を終えると岐部先生に一度見ていただいた後に少し添削をしていただき、次はモッタ先生に最終的なチェックをしていただく必要があるので、完成した日本語を全てポルトガル語に翻訳しました。日本語とポルトガル語では異なるニュアンスや表現もあるので苦労をしました。私の場合、母や叔母にも協力をしてもらい完成させ、最終的なチェックと添削をモッタ先生にお願いをしました。
最終原稿が完成した時期と本番までの期間はちょうど2週間でした。ここから、大変な練習期間に入ります!
3. 当日までの練習期間
弁論大会に出場するということは、もちろん原稿が完成したら大丈夫というわけではありません。その長いながい原稿をすべて覚えて、表現力や抑揚を付けなければありません。最初は原稿を読んでも自分が書いた内容ではあるものの、分からない単語や発音できない単語で頭の中が混乱していました。先生が手本で読んで下さったように真似ようとすると、余計うまくいきませんでした。私の母はリオデジャネイロ出身なので、発音は少しモッタ先生と異なっていたようにも思えます。その為、母にいつも聞いてもらっては録音して練習の繰り返しでした。正直学校の先生や仲間、先輩方との共同練習よりも母との個人練習が一番しんどかったです(笑)
正直うまく出来ない、言えないそんな自分に腹が立ち迫り寄せるタイムリミットに焦り毎日泣きながら「もうやりたくない!できない!」と猛練習をし、土曜日、日曜日と合わせて一日中原稿とにらめっこしながら頭の中で日本語に翻訳しながら暗記をしました。週に1度行われる四名の出場者と先生方との合同練習は緊張でいっぱいでした。ですが、互いに良さを引き出しアドバイスしながら練習することで刺激をもらえたと思います。辛い時やうまくいかない時は先生方もお忙しい中、親身となって付き合ってくださいました。初めは緊張でいっぱいでしたが、京都外国語大学4名でともに出場出来て本当によかったと今となっては思えますし、クラスメイトや同学年で出場した青沼誠一郎君の存在は目標に向かって挑戦するうえで本当に大きかったです。
4. 本番
本番当日に自分の出番が何番か知ることが出来ました。最後だけは避けたいと正直思っていましたが、見事に18番目の最後の出場者でした。練習で舞台に立つ機会を頂いたのでほとんど緊張はしませんでした。ただ、全ての出場者の方の発表の後だったので少しプレッシャーと審査員の方の心をどう動かせるかが鍵になるのではないかと考えていました。前半と後半とで休憩時間もあったので、応援に来てくれていた家族とクラスメイトの応援のおかげで安心して舞台に立つことが出来ました。
5. 感想とまとめ
はじめは出場すらできないと思っていた私にとって、今回の弁論大会に出場する機会を頂けたことは本当に貴重な経験となりました。時間がないというのは事実ではありましたが、それを言い訳にせず今の自分の実力と向き合える機会だと自分に言い聞かせていました。正直すべてが楽しい思い出だけで張りませんでした。辛かったり、しんどかったり、不安になってテスト期間と被っていたこともありました。時間内に原稿を読めなかったり、発音できなかったりと自分に立ちはばかる壁は分厚く何枚もありました。ですが、その分たくさんの人に自分は支えられているのだと改めて気づくこともでき、クラスメイトだけでなく二名の先輩と私たち二名1年生の中の絆も深まったと思います。自分のルーツと過去と、そして今の自分と向き合う大切な時間となったと思います。
人前に立ち話すことが苦手という人の方が正直多いのではないでしょうか。しかし、目の前にあるチャンスとして皆さんにも是非挑戦してほしいと思います。やり切った後に得られる達成感は言葉にできないほどです。大会なので結果は順位として残りますが、楽しかった、頑張ってよかったと思えます!たくさんのライバルが他大学からも来ますが、みんなそれぞれ頑張った仲間という風に思えるようにもなりました。
話す内容はあなたの中に限りなくあると思います。伝えたいこと、実体験談でも何でも皆さんが話しやすいことを多くの人の前で是非語ってみてください。誰か一人にでもメッセージは届くと思います!
少しでも興味がある方、迷っている方、出ないで後悔するよりも絶対に出るほうが思い出にもなりますし自分のこれからの武器にもなります。たった3週間でも間に合った人もいます!私も当初は不安でしたが、間に合いましたし、先生方が全力で助けてくださいます!出場する前のあなたと、出場した後のあなたは絶対に違います!大きく成長していると思います。
少しでも多くの方にこの文を読んで、チャレンジしてみようかなと思ってもらえればと思います!
今日は皆さんに私の弁論大会挑戦までの体験談と今後皆さんが少しでも挑戦してみたいと思っていただけるような感想をここに述べさせていただこうと思います。
1. 道のり・きっかけ
私は入学前から弁論大会が毎年開催されていることは知っていました。上位に入賞することが出来れば留学するチャンスがあるかもしれない副賞に魅力を感じ、チャレンジしようと決意していました。
出場が決まったのが遅く、本番までの時間は限られていましたが、今の自分の実力を知りたいとともに「挑戦することに意味がある、目の前にあるチャンスは逃したくない」と考えていた私はすぐに日本語の原稿作成から取り掛かりました。
2. 準備期間
本来ならば演題の内容からじっくりと考え日本語の原稿作成に取り掛かりたかったのですが、私の場合はとにかく時間がありませんでした。本番までギリギリということから内容にまとめやすく自分に合った話しやすく、尚且つ聴衆の方々に伝えたいことを紙に箇条書きで絞り出した後、2,3日程で日本語の原稿作成に取り掛かり完成させました。不運なことに体調も崩してしまったため正直時間は本当にないようにも思えていました。
日本語の原稿作成を終えると岐部先生に一度見ていただいた後に少し添削をしていただき、次はモッタ先生に最終的なチェックをしていただく必要があるので、完成した日本語を全てポルトガル語に翻訳しました。日本語とポルトガル語では異なるニュアンスや表現もあるので苦労をしました。私の場合、母や叔母にも協力をしてもらい完成させ、最終的なチェックと添削をモッタ先生にお願いをしました。
最終原稿が完成した時期と本番までの期間はちょうど2週間でした。ここから、大変な練習期間に入ります!
3. 当日までの練習期間
弁論大会に出場するということは、もちろん原稿が完成したら大丈夫というわけではありません。その長いながい原稿をすべて覚えて、表現力や抑揚を付けなければありません。最初は原稿を読んでも自分が書いた内容ではあるものの、分からない単語や発音できない単語で頭の中が混乱していました。先生が手本で読んで下さったように真似ようとすると、余計うまくいきませんでした。私の母はリオデジャネイロ出身なので、発音は少しモッタ先生と異なっていたようにも思えます。その為、母にいつも聞いてもらっては録音して練習の繰り返しでした。正直学校の先生や仲間、先輩方との共同練習よりも母との個人練習が一番しんどかったです(笑)
正直うまく出来ない、言えないそんな自分に腹が立ち迫り寄せるタイムリミットに焦り毎日泣きながら「もうやりたくない!できない!」と猛練習をし、土曜日、日曜日と合わせて一日中原稿とにらめっこしながら頭の中で日本語に翻訳しながら暗記をしました。週に1度行われる四名の出場者と先生方との合同練習は緊張でいっぱいでした。ですが、互いに良さを引き出しアドバイスしながら練習することで刺激をもらえたと思います。辛い時やうまくいかない時は先生方もお忙しい中、親身となって付き合ってくださいました。初めは緊張でいっぱいでしたが、京都外国語大学4名でともに出場出来て本当によかったと今となっては思えますし、クラスメイトや同学年で出場した青沼誠一郎君の存在は目標に向かって挑戦するうえで本当に大きかったです。
4. 本番
本番当日に自分の出番が何番か知ることが出来ました。最後だけは避けたいと正直思っていましたが、見事に18番目の最後の出場者でした。練習で舞台に立つ機会を頂いたのでほとんど緊張はしませんでした。ただ、全ての出場者の方の発表の後だったので少しプレッシャーと審査員の方の心をどう動かせるかが鍵になるのではないかと考えていました。前半と後半とで休憩時間もあったので、応援に来てくれていた家族とクラスメイトの応援のおかげで安心して舞台に立つことが出来ました。
5. 感想とまとめ
はじめは出場すらできないと思っていた私にとって、今回の弁論大会に出場する機会を頂けたことは本当に貴重な経験となりました。時間がないというのは事実ではありましたが、それを言い訳にせず今の自分の実力と向き合える機会だと自分に言い聞かせていました。正直すべてが楽しい思い出だけで張りませんでした。辛かったり、しんどかったり、不安になってテスト期間と被っていたこともありました。時間内に原稿を読めなかったり、発音できなかったりと自分に立ちはばかる壁は分厚く何枚もありました。ですが、その分たくさんの人に自分は支えられているのだと改めて気づくこともでき、クラスメイトだけでなく二名の先輩と私たち二名1年生の中の絆も深まったと思います。自分のルーツと過去と、そして今の自分と向き合う大切な時間となったと思います。
人前に立ち話すことが苦手という人の方が正直多いのではないでしょうか。しかし、目の前にあるチャンスとして皆さんにも是非挑戦してほしいと思います。やり切った後に得られる達成感は言葉にできないほどです。大会なので結果は順位として残りますが、楽しかった、頑張ってよかったと思えます!たくさんのライバルが他大学からも来ますが、みんなそれぞれ頑張った仲間という風に思えるようにもなりました。
話す内容はあなたの中に限りなくあると思います。伝えたいこと、実体験談でも何でも皆さんが話しやすいことを多くの人の前で是非語ってみてください。誰か一人にでもメッセージは届くと思います!
少しでも興味がある方、迷っている方、出ないで後悔するよりも絶対に出るほうが思い出にもなりますし自分のこれからの武器にもなります。たった3週間でも間に合った人もいます!私も当初は不安でしたが、間に合いましたし、先生方が全力で助けてくださいます!出場する前のあなたと、出場した後のあなたは絶対に違います!大きく成長していると思います。
少しでも多くの方にこの文を読んで、チャレンジしてみようかなと思ってもらえればと思います!
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熱弁中の松尾さん
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見事に第2位に輝いて
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出場者と審査委員の記念写真
2024/03/15 10:00:00 弁論大会を振り返って②―青沼誠一郎さん(1年次)
在学生の声
岐部雅之
Bom dia!
ブラジルポルトガル語学科一年次生の青沼誠一郎(あおぬませいいちろう)です。
今回は弁論大会の振り返りとこれから挑戦しようと思っている皆さんに向けてお伝えしたいと思います。
① きっかけ
当初、私は弁論大会に出るつもりはありませんでした。Felipe Motta先生やMoisés Carvalho先生などの学科の先生がアナウンスしていたものの、自分には関係ない話だと思っていました。しかし、夏休みに入ったあたりから自分は大学生になってから何もしていないことに気づきFelipe先生に相談しました。前期の授業時点で準備していないといけなかったので、私は遅れて弁論大会の準備を始めました。
② 準備期間
まず日本語の原稿を作るところからのスタートでした。今までこれといった趣味や好きなことがあるわけではなかったので日本語原稿を作るのはすごく難しかったです。そこで高校で出会った剣道について語ることに決めました。岐部雅之先生に丁寧に添削していただき日本語原稿が出来上がると、翻訳サイトと辞書を駆使してポルトガル語に翻訳しました。その原稿をFelipe先生に緻密に手直ししていただき、原稿が完成しました。
③ 当日まで
後期の授業が始まり、毎週決まった時間にFelipe先生との個人特訓が始まりました。最初は発音がボロボロで、先生に何回も「また間違えた~(笑)」と言われていました。日本語にない音の発音はとても難しかったです。練習で心に残っているのは、京都外大生の出場者みんなで練習した時です。私は暗記が追い付いていなく、発音も壊滅的でした。先輩たちや同じ学年の松尾さんの発表を見る中でこのままではいけないと強く思いました。というかすごく焦りました。先生方からの指摘が多すぎて泣きそうになりましたが、学科の先生たちの様々なアドバイスがなければ、私の発表は完成しなかったと思います。
④ 前日~当日
主催地が京都外大なので当日も落ち着いていて、自分が思ったほど緊張していませんでした。見に来てくれた学科の友達の存在も大きいと思います。特に同級生のトミゴ・ジェアン・ニコラス君にはたくさんアドバイスをもらい、練習にも付き合ってくれたのですごく感謝しています。しかし、一番の人がスピーチを始めると緊張が唐突に襲ってきて、怖かったです。そして自分の番が回ってきて演台に上がったとき、緊張で足が震えていました。しかし深呼吸をすると審査員や先生方、友達の顔がよく見えました。そのあと、Boa tarde!と始めた後は正直記憶がありません。終わった後、会場の大きな拍手に体が震えました。この時の達成感は何物にも代えがたいです。是非皆さんにも自分が努力してきたことがすべて出し終わった後の達成感を感じてほしいです。
最後になりましたが、原稿作成の段階から尽力していただいたFelipe先生、岐部先生、学科の先生方には感謝しかありません。この場を借りてお礼申し上げます。
皆さん!!
弁論大会は出るだけで価値があると思います!ぜひ次の弁論大会に出場してみてください!!
ブラジルポルトガル語学科一年次生の青沼誠一郎(あおぬませいいちろう)です。
今回は弁論大会の振り返りとこれから挑戦しようと思っている皆さんに向けてお伝えしたいと思います。
① きっかけ
当初、私は弁論大会に出るつもりはありませんでした。Felipe Motta先生やMoisés Carvalho先生などの学科の先生がアナウンスしていたものの、自分には関係ない話だと思っていました。しかし、夏休みに入ったあたりから自分は大学生になってから何もしていないことに気づきFelipe先生に相談しました。前期の授業時点で準備していないといけなかったので、私は遅れて弁論大会の準備を始めました。
② 準備期間
まず日本語の原稿を作るところからのスタートでした。今までこれといった趣味や好きなことがあるわけではなかったので日本語原稿を作るのはすごく難しかったです。そこで高校で出会った剣道について語ることに決めました。岐部雅之先生に丁寧に添削していただき日本語原稿が出来上がると、翻訳サイトと辞書を駆使してポルトガル語に翻訳しました。その原稿をFelipe先生に緻密に手直ししていただき、原稿が完成しました。
③ 当日まで
後期の授業が始まり、毎週決まった時間にFelipe先生との個人特訓が始まりました。最初は発音がボロボロで、先生に何回も「また間違えた~(笑)」と言われていました。日本語にない音の発音はとても難しかったです。練習で心に残っているのは、京都外大生の出場者みんなで練習した時です。私は暗記が追い付いていなく、発音も壊滅的でした。先輩たちや同じ学年の松尾さんの発表を見る中でこのままではいけないと強く思いました。というかすごく焦りました。先生方からの指摘が多すぎて泣きそうになりましたが、学科の先生たちの様々なアドバイスがなければ、私の発表は完成しなかったと思います。
④ 前日~当日
主催地が京都外大なので当日も落ち着いていて、自分が思ったほど緊張していませんでした。見に来てくれた学科の友達の存在も大きいと思います。特に同級生のトミゴ・ジェアン・ニコラス君にはたくさんアドバイスをもらい、練習にも付き合ってくれたのですごく感謝しています。しかし、一番の人がスピーチを始めると緊張が唐突に襲ってきて、怖かったです。そして自分の番が回ってきて演台に上がったとき、緊張で足が震えていました。しかし深呼吸をすると審査員や先生方、友達の顔がよく見えました。そのあと、Boa tarde!と始めた後は正直記憶がありません。終わった後、会場の大きな拍手に体が震えました。この時の達成感は何物にも代えがたいです。是非皆さんにも自分が努力してきたことがすべて出し終わった後の達成感を感じてほしいです。
最後になりましたが、原稿作成の段階から尽力していただいたFelipe先生、岐部先生、学科の先生方には感謝しかありません。この場を借りてお礼申し上げます。
皆さん!!
弁論大会は出るだけで価値があると思います!ぜひ次の弁論大会に出場してみてください!!
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本学出場者4人
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見事に第4位を獲得!
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剣道大会に参加する青沼さん(一番左)
2024/03/08 12:00:00 弁論大会を振り返って①―栗本佳知さん(3年次)
在学生の声
フェリッペ・モッタ
ブログをご覧の皆さん、こんにちは!
ブラジルポルトガル語学科3年次の栗本佳知です。本文ではポルトガル語弁論大会に出場した経験についてお伝えさせていただきます。
出場動機
私がポルトガル語弁論大会に出場することを決めた理由はポルトガル語を自分のものにしたかったからです。3年次生になってからポルトガル語との出会いを何らかの形に残したいと思うようになりました。前年度、同級生やサークルのメンバーが弁論大会に出場していたのを見学して、それぞれ自分なりに表現しているのがかっこいいなと思いました。こうした経験がきっかけで弁論大会に出場することを決断しました。
大会に向けた準備
私は今大会でポルトガル語との出会いについて取り上げました。もし自分がこの弁論大会に出るのであれば話題としてはこれしかないと思っていたからです。作業が難しくなったのはこの後です。この話の内容に起承転結を構成することが最初の壁でした。話題に沿った内容にするのに1か月かかりました。弁論大会には審査員がいらっしゃるので、その方々に訴えかけることが出来るような話し方でないといけません。特に序論と本論のつなぎ方を考えるのがとても苦労しました。審査員の方々に耳を傾けてほしい、自分が話していて楽しい内容にしたい、という2つの思いがありました。この2つを実現するにはどうすればいいのか、これは本当に悩みに悩みました。その結果導き出したのが問いかけです。今回私はポルトガル語圏音楽を題材に挙げたので「聴衆者の皆さん、セルジオ・メンデスさんという方をご存知でしょうか? そうです、彼はブラジルの音楽家なのです」というように序論で問いかけという形式を取りました。日本語での原稿が書きあがったらポルトガル語訳に入ります。どう訳せばいいか難しくなるところが出てきても辞書を引いたりして自力で取り組んでみてください。そうすればあとは先生方が添削してくださります。
ポルトガル語の原稿が仕上がれば次に読み練習に入ります。読み練習をする際に注意してほしいのは自分が何を伝えたいのか、それがどの一文に書いてあるかを把握することをお勧めします。そうすることによって抑揚がつきやすくなります。発音や強弱がつくようになったら自分で段落ごとに録音します。その音声ファイルを登下校中に聴きます。そしてオーバーラッピングとシャドーイングを繰り返します。そうすると自然に覚えられるようになってきます。覚えるペースが遅いとしても段落ごとの内容を把握できるようになります。例えば好きな歌手の楽曲を聴く時、最初は歌詞見ながら聴いていても何日も聴いていると体が覚えますよね? それと一緒だと私は考えています。
大会が開かれる月になるとジェスチャーをつける練習に入ります。ジェスチャーをつける練習が本当に難しかったです。自主練習でジェスチャーを考えてもいざやろうとなるとうっかり忘れてしまうことがありました。またジェスチャーが出来てもタイミングが遅れてしまうことがありました。特に私の場合は序論で話した「え!? 皆さんその楽曲聴きたいですか? それでは歌いましょう!・・・ああ、時間が押してしまうのでここでは辞めておきます。その代わりYouTubeで調べてみてくださいね」のところで疑問文と肯定文で抑揚の付け方を切り替えるのに苦戦しました。どれだけ準備を万全にしていてもやはり緊張はします。その場合は「自分は俳優だ」と思いましょう。そうすれば気が楽になります。
本番を通して
トップバッターの方が話している間、話の内容を整理して自分が前に立つイメージをしていました。舞台に立つイメージをしている間、心臓がバクバクしていました。トップバッターの方が話し終えてすぐにスイッチが入りました。そして完全に自分の世界に入りました。自分の名前が呼ばれたとき自然に入場のところから楽しんでいる自分がいました。実際に前に立つと足を運んでくださった方が多かったのか、話すのが気持ちよくなっていました。本当に5分間が一瞬でした。今までの練習より断然上手くいった感覚がありました。
弁論大会というのは本当に数人しか出来ない経験なので、自分もその一人に入ることが出来て貴重な時間になりました。このブログを読んで弁論大会に興味を持ってもらえたら嬉しいです。そして是非、弁論大会に挑戦してほしいです。
ブラジルポルトガル語学科3年次の栗本佳知です。本文ではポルトガル語弁論大会に出場した経験についてお伝えさせていただきます。
出場動機
私がポルトガル語弁論大会に出場することを決めた理由はポルトガル語を自分のものにしたかったからです。3年次生になってからポルトガル語との出会いを何らかの形に残したいと思うようになりました。前年度、同級生やサークルのメンバーが弁論大会に出場していたのを見学して、それぞれ自分なりに表現しているのがかっこいいなと思いました。こうした経験がきっかけで弁論大会に出場することを決断しました。
大会に向けた準備
私は今大会でポルトガル語との出会いについて取り上げました。もし自分がこの弁論大会に出るのであれば話題としてはこれしかないと思っていたからです。作業が難しくなったのはこの後です。この話の内容に起承転結を構成することが最初の壁でした。話題に沿った内容にするのに1か月かかりました。弁論大会には審査員がいらっしゃるので、その方々に訴えかけることが出来るような話し方でないといけません。特に序論と本論のつなぎ方を考えるのがとても苦労しました。審査員の方々に耳を傾けてほしい、自分が話していて楽しい内容にしたい、という2つの思いがありました。この2つを実現するにはどうすればいいのか、これは本当に悩みに悩みました。その結果導き出したのが問いかけです。今回私はポルトガル語圏音楽を題材に挙げたので「聴衆者の皆さん、セルジオ・メンデスさんという方をご存知でしょうか? そうです、彼はブラジルの音楽家なのです」というように序論で問いかけという形式を取りました。日本語での原稿が書きあがったらポルトガル語訳に入ります。どう訳せばいいか難しくなるところが出てきても辞書を引いたりして自力で取り組んでみてください。そうすればあとは先生方が添削してくださります。
ポルトガル語の原稿が仕上がれば次に読み練習に入ります。読み練習をする際に注意してほしいのは自分が何を伝えたいのか、それがどの一文に書いてあるかを把握することをお勧めします。そうすることによって抑揚がつきやすくなります。発音や強弱がつくようになったら自分で段落ごとに録音します。その音声ファイルを登下校中に聴きます。そしてオーバーラッピングとシャドーイングを繰り返します。そうすると自然に覚えられるようになってきます。覚えるペースが遅いとしても段落ごとの内容を把握できるようになります。例えば好きな歌手の楽曲を聴く時、最初は歌詞見ながら聴いていても何日も聴いていると体が覚えますよね? それと一緒だと私は考えています。
大会が開かれる月になるとジェスチャーをつける練習に入ります。ジェスチャーをつける練習が本当に難しかったです。自主練習でジェスチャーを考えてもいざやろうとなるとうっかり忘れてしまうことがありました。またジェスチャーが出来てもタイミングが遅れてしまうことがありました。特に私の場合は序論で話した「え!? 皆さんその楽曲聴きたいですか? それでは歌いましょう!・・・ああ、時間が押してしまうのでここでは辞めておきます。その代わりYouTubeで調べてみてくださいね」のところで疑問文と肯定文で抑揚の付け方を切り替えるのに苦戦しました。どれだけ準備を万全にしていてもやはり緊張はします。その場合は「自分は俳優だ」と思いましょう。そうすれば気が楽になります。
本番を通して
トップバッターの方が話している間、話の内容を整理して自分が前に立つイメージをしていました。舞台に立つイメージをしている間、心臓がバクバクしていました。トップバッターの方が話し終えてすぐにスイッチが入りました。そして完全に自分の世界に入りました。自分の名前が呼ばれたとき自然に入場のところから楽しんでいる自分がいました。実際に前に立つと足を運んでくださった方が多かったのか、話すのが気持ちよくなっていました。本当に5分間が一瞬でした。今までの練習より断然上手くいった感覚がありました。
弁論大会というのは本当に数人しか出来ない経験なので、自分もその一人に入ることが出来て貴重な時間になりました。このブログを読んで弁論大会に興味を持ってもらえたら嬉しいです。そして是非、弁論大会に挑戦してほしいです。
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本学出場者4人。栗本さんは一番右。
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全出場者と審査員
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弁論中の栗本さん
2024/01/27 15:10:00 ブラジルにルーツのある在学生ーナカコウゲ サユリさん(3年次)
在学生の声
フェリッペ・モッタ
今回は日系ブラジル人の在学生の声をお届けします。
ナカコウゲ サユリさんは日系ブラジル人ですが、家であまりポルトガル語を使わず、教育もすべて日本語で受けたそうです。本学科に入学してからポルトガル語を磨き、今はご両親とポルトガル語で話せる喜びについて教えていただきました。
Trazemos a você as vozes dos atuais alunos descendentes de japoneses e brasileiros do nosso departamento.
Desta vez, apresentamos Sayuri Nakakouge. A Sayuri é brasileira de ascendência japonesa, mas não falava muito português em casa e recebeu sua educação inteiramente em japonês. Ela nos contou sobre a alegria de poder falar português com seus pais agora que melhorou seu português desde que entrou no departamento.
★★★★★
こんにちは。
ブラジルポルトガル語学科 3年次のナカコウゲ サユリです。
私は日本生まれ日本育ちの日系ブラジル人です。幼稚園から高校まで日本学校に通いながら、CBKというポルトガル語を教えるボランティア学校に週1で通っていましたが、ポルトガル語はある程度理解が出来ても、話すことはあまり出来ませんでした。
そのため、大学でポルトガル語を勉強して家族とポルトガル語で会話をしたいという思いで、京都外国語大学に入学しました。 京都外国語大学ブラジルポルトガル語学科に入学して、両親とポルトガル語で日常的な会話が出来るようになったり、もっとポルトガル語で話したいという気持ちになったりと、様々な面で成長出来たと思います。 ポルトガル語を勉強する中で、失敗を繰り返しながらも成長し続けていきたいです。
Olá a todos!
Eu sou Sayuri Nakakouge, estudante do terceiro ano em nosso departamento.
Sou brasileira de ascendência japonesa, nascida e criada no Japão. Desde o jardim de infância até o ensino médio, estudei em uma escola japonesa e frequentei a CBK, uma escola voluntária que ensina português, uma vez por semana. Embora eu pudesse entender português até certo ponto, não conseguia falar muito bem.
Por isso, me matriculei na Universidade de Estudos Estrangeiros de Kyoto com a intenção de estudar português na universidade e conversar com minha família em português. Depois de me matricular no Departamento de Estudos Luso-Brasileiros da Universidade de Estudos Estrangeiros de Kyoto, pude crescer de várias maneiras, como, por exemplo, conversando diariamente em português com meus pais e querendo falar mais português. Quero continuar a crescer enquanto estiver estudando português, mesmo que eu continue cometendo erros. Obrigada por ter lido até aqui!
ナカコウゲ サユリさんは日系ブラジル人ですが、家であまりポルトガル語を使わず、教育もすべて日本語で受けたそうです。本学科に入学してからポルトガル語を磨き、今はご両親とポルトガル語で話せる喜びについて教えていただきました。
Trazemos a você as vozes dos atuais alunos descendentes de japoneses e brasileiros do nosso departamento.
Desta vez, apresentamos Sayuri Nakakouge. A Sayuri é brasileira de ascendência japonesa, mas não falava muito português em casa e recebeu sua educação inteiramente em japonês. Ela nos contou sobre a alegria de poder falar português com seus pais agora que melhorou seu português desde que entrou no departamento.
★★★★★
こんにちは。
ブラジルポルトガル語学科 3年次のナカコウゲ サユリです。
私は日本生まれ日本育ちの日系ブラジル人です。幼稚園から高校まで日本学校に通いながら、CBKというポルトガル語を教えるボランティア学校に週1で通っていましたが、ポルトガル語はある程度理解が出来ても、話すことはあまり出来ませんでした。
そのため、大学でポルトガル語を勉強して家族とポルトガル語で会話をしたいという思いで、京都外国語大学に入学しました。 京都外国語大学ブラジルポルトガル語学科に入学して、両親とポルトガル語で日常的な会話が出来るようになったり、もっとポルトガル語で話したいという気持ちになったりと、様々な面で成長出来たと思います。 ポルトガル語を勉強する中で、失敗を繰り返しながらも成長し続けていきたいです。
Olá a todos!
Eu sou Sayuri Nakakouge, estudante do terceiro ano em nosso departamento.
Sou brasileira de ascendência japonesa, nascida e criada no Japão. Desde o jardim de infância até o ensino médio, estudei em uma escola japonesa e frequentei a CBK, uma escola voluntária que ensina português, uma vez por semana. Embora eu pudesse entender português até certo ponto, não conseguia falar muito bem.
Por isso, me matriculei na Universidade de Estudos Estrangeiros de Kyoto com a intenção de estudar português na universidade e conversar com minha família em português. Depois de me matricular no Departamento de Estudos Luso-Brasileiros da Universidade de Estudos Estrangeiros de Kyoto, pude crescer de várias maneiras, como, por exemplo, conversando diariamente em português com meus pais e querendo falar mais português. Quero continuar a crescer enquanto estiver estudando português, mesmo que eu continue cometendo erros. Obrigada por ter lido até aqui!
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ナカコウゲさん(向かって右)
2024/01/05 10:00:00 ポルトガル語弁論大会を「堪能」して
在学生の声
岐部雅之
みなさん、こんにちは! ブラジルポルトガル語学科4年次生の田代結愛です。
約1年半前に「ポルトガル語弁論大会に出場して」というタイトルで、練習方法や出場に至った経緯などを綴りました(4回連載)。
そこで今回は、弁論大会に“出場者(2021年度)&司会者(2022年度)&運営スタッフ(2023年度)”として関わり、感じたことを綴ります。
2年次の時は、出場者として大会に参加しました。本番までに、たくさん練習を積み重ねてきましたが、当日の朝は緊張に押し潰されそうでした。今でも鮮明に覚えています。それでも、周りのサポートや励ましの声が心強く、運営スタッフや司会者を含めて顔見知りも多く、落ち着いて自分の発表に臨むことが出来ました。大会では4位入賞をいただき、関わった人たちと喜びを分かち合えて心から幸せでした。大会が終わると同時に、次は経験したことを活かして、大会を支える側に回りたいと思う自分がいました。
出場から1年が経ち、3年次の時は、自ら立候補して司会者(ポルトガル語担当)の立場で大会に参加しました。それは私が出場者だった時、司会者の一人が「発表者のすぐ近くが司会者席で、そこから見守ってるし、一人じゃないから大丈夫!」と、言ってくれたのが心に残っていたからです。また、この大会には、私が出場していたことに感化され、出場を決めた友人がいたことも、司会者に立候補した理由の一つです。一番近くでパワーを送りたいと思っていたのです。司会者は、出場者の時とは異なる緊張感がありましたが、大会を違った角度から味わうことが出来ました。貴重な経験をさせてもらえて、とても嬉しかったです。
4年次の時は、運営スタッフとして参加しました。出場者や司会の時のような不安や緊張はありませんでした。その分、「出場者や司会者の気持ちが分かるからこそ、自分の出来る精一杯のサポートをしよう」という気持ちで参加していました。出場者の人に声を掛ける時も「私も2年前に出場者していたので、ドキドキする気持ち分かります」と声を掛けたり、司会者の人にも事前に気を付けておいたほうが良いポイントを伝えたりしていました。
通算3回の弁論大会を通して、自分を大きく成長させられたと思います。先生方や、学科の仲間、他大学の人との繋がりが出来たのも、この弁論大会にあらゆる形で参加したからだと思います。
このブログを読んで、少しでも弁論大会に参加してみたい気持ちが生まれた人は、ぜひぜひ学科の先生に声を掛けてみてくださいね。また私のブログ以外にも、前回の弁論大会に出場した学生のブログもあります。それぞれの観点で書かれているので、興味深い内容ですよ(^▽^)/)))
最後に...
ブログを読んでいただき、ありがとうございました。私は、2024年3月に大学を卒業し、社会人という新しいスタート地点に立ちます。新たな環境でも、この大学、学科で学んだことや経験を活かし、「自分らしく、前向きに」頑張っていきたいと思います!
Muito obrigada! Tchau!!
約1年半前に「ポルトガル語弁論大会に出場して」というタイトルで、練習方法や出場に至った経緯などを綴りました(4回連載)。
そこで今回は、弁論大会に“出場者(2021年度)&司会者(2022年度)&運営スタッフ(2023年度)”として関わり、感じたことを綴ります。
2年次の時は、出場者として大会に参加しました。本番までに、たくさん練習を積み重ねてきましたが、当日の朝は緊張に押し潰されそうでした。今でも鮮明に覚えています。それでも、周りのサポートや励ましの声が心強く、運営スタッフや司会者を含めて顔見知りも多く、落ち着いて自分の発表に臨むことが出来ました。大会では4位入賞をいただき、関わった人たちと喜びを分かち合えて心から幸せでした。大会が終わると同時に、次は経験したことを活かして、大会を支える側に回りたいと思う自分がいました。
出場から1年が経ち、3年次の時は、自ら立候補して司会者(ポルトガル語担当)の立場で大会に参加しました。それは私が出場者だった時、司会者の一人が「発表者のすぐ近くが司会者席で、そこから見守ってるし、一人じゃないから大丈夫!」と、言ってくれたのが心に残っていたからです。また、この大会には、私が出場していたことに感化され、出場を決めた友人がいたことも、司会者に立候補した理由の一つです。一番近くでパワーを送りたいと思っていたのです。司会者は、出場者の時とは異なる緊張感がありましたが、大会を違った角度から味わうことが出来ました。貴重な経験をさせてもらえて、とても嬉しかったです。
4年次の時は、運営スタッフとして参加しました。出場者や司会の時のような不安や緊張はありませんでした。その分、「出場者や司会者の気持ちが分かるからこそ、自分の出来る精一杯のサポートをしよう」という気持ちで参加していました。出場者の人に声を掛ける時も「私も2年前に出場者していたので、ドキドキする気持ち分かります」と声を掛けたり、司会者の人にも事前に気を付けておいたほうが良いポイントを伝えたりしていました。
通算3回の弁論大会を通して、自分を大きく成長させられたと思います。先生方や、学科の仲間、他大学の人との繋がりが出来たのも、この弁論大会にあらゆる形で参加したからだと思います。
このブログを読んで、少しでも弁論大会に参加してみたい気持ちが生まれた人は、ぜひぜひ学科の先生に声を掛けてみてくださいね。また私のブログ以外にも、前回の弁論大会に出場した学生のブログもあります。それぞれの観点で書かれているので、興味深い内容ですよ(^▽^)/)))
最後に...
ブログを読んでいただき、ありがとうございました。私は、2024年3月に大学を卒業し、社会人という新しいスタート地点に立ちます。新たな環境でも、この大学、学科で学んだことや経験を活かし、「自分らしく、前向きに」頑張っていきたいと思います!
Muito obrigada! Tchau!!
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司会者としての田代さん(一番右)






