留学生活レポート
2024/05/06 10:40:00 私の留学経験 ~マカオ大学~ 足立愛結(4年次)
- 留学生活レポート
- ペドロ・アイレス
こんにちは。
ブラジルポルトガル語学科4年次生の足立愛結です。
私は、2023年の8月からマカオ大学に留学しています。
なぜブラジルポルトガル語学科の学生がマカオへ?と思われるかもしれませんが、マカオは1999年までポルトガル領でした。そのため、バスなどの公共機関では、ポルトガル語を見かける機会があり、ポルトガル文化が根付いた建築物や食も多くあります。
今回はマカオ大学での授業について書きます。
1)授業形態
前期は、ポルトガル語口頭表現、ポルトガル語文章表現、中国語(普通語)の3つの授業を受講していました。
授業は、75分×週2回か、165分×週1回の2種類があります。どちらの授業も受けましたが、75分は短いのであっという間。一方の165分の授業はあまりにも長く、集中力を保つことが大変でした。
2)ポルトガル語圏の文化紹介イベントでインタビュー
マカオでは、毎年Festival da Lusofoniaというポルトガル語圏の文化を紹介するお祭りがあります。期末プレゼンでは、学生はそれぞれの地域が割り当てられ、イベントで割り当ての地域出身の方にインタビューをし、それを元にその地域についてプレゼンをしました。
このプレゼンを通して、ポルトガル語学習だけでなく、マカオの中でも特にポルトガルとの関係・歴史、どのような社会的文化的取り組みをしているかを知る良い機会となりました。
3)PEとPBの比較機会
マカオでは、政府の文章や学生が話すポルトガル語はヨーロッパポルトガル語(PE)です。そのため授業では基本PEを使用しています。
しかし担当教授によっては、ブラジル人出身であったため、ブラジルポルトガル語(PB)も学ぶことが出来ました。文章表現では、PEとPBの比較も同時に知ることができ、興味深い授業を受けることができました。
留学生活も残り少なくなりました。時間が過ぎていくのが早すぎて、日々驚いています。学ベることはたくさん吸収し、様々な活動に参加してより成長して日本に帰りたいと思います。
ブラジルポルトガル語学科4年次生の足立愛結です。
私は、2023年の8月からマカオ大学に留学しています。
なぜブラジルポルトガル語学科の学生がマカオへ?と思われるかもしれませんが、マカオは1999年までポルトガル領でした。そのため、バスなどの公共機関では、ポルトガル語を見かける機会があり、ポルトガル文化が根付いた建築物や食も多くあります。
今回はマカオ大学での授業について書きます。
1)授業形態
前期は、ポルトガル語口頭表現、ポルトガル語文章表現、中国語(普通語)の3つの授業を受講していました。
授業は、75分×週2回か、165分×週1回の2種類があります。どちらの授業も受けましたが、75分は短いのであっという間。一方の165分の授業はあまりにも長く、集中力を保つことが大変でした。
2)ポルトガル語圏の文化紹介イベントでインタビュー
マカオでは、毎年Festival da Lusofoniaというポルトガル語圏の文化を紹介するお祭りがあります。期末プレゼンでは、学生はそれぞれの地域が割り当てられ、イベントで割り当ての地域出身の方にインタビューをし、それを元にその地域についてプレゼンをしました。
このプレゼンを通して、ポルトガル語学習だけでなく、マカオの中でも特にポルトガルとの関係・歴史、どのような社会的文化的取り組みをしているかを知る良い機会となりました。
3)PEとPBの比較機会
マカオでは、政府の文章や学生が話すポルトガル語はヨーロッパポルトガル語(PE)です。そのため授業では基本PEを使用しています。
しかし担当教授によっては、ブラジル人出身であったため、ブラジルポルトガル語(PB)も学ぶことが出来ました。文章表現では、PEとPBの比較も同時に知ることができ、興味深い授業を受けることができました。
留学生活も残り少なくなりました。時間が過ぎていくのが早すぎて、日々驚いています。学ベることはたくさん吸収し、様々な活動に参加してより成長して日本に帰りたいと思います。
2023/09/08 12:10:00 ブラジリア大学留学体験記(小田果歩、3年次)
- 留学生活レポート
- ペドロ・アイレス
こんにちは。ブラジルポルトガル語学科3年次生の小田果歩です。今回はブラジリアでの留学で感じたことを少し紹介します。
小学生の時にブラジルが紹介されていたテレビ番組を見て以来、ぼんやりと地球の反対側の世界ってどんな感じだろうかと思っていました。その疑問はずっと消えずブラジルに行ってみようと思い、今年度(2023年度)春学期に留学をする事ができました。
ただ、私が抱いていたイメージは良いものではなく、治安が悪くて危険な国でした。ところが、不安や恐怖を抱えながらブラジリア大学の近くにある日本語学校の寮で待っていたのは、ブラジル人からの温かい歓迎ぶりでした。夜遅く着いた日本人のために快く荷物運びや寮の説明、次の日にはスーパーやショッピングモールなどの案内をしてくれたのです。
さらに大学では同じ授業を受けていた人が授業の空き時間にブラジリアの観光地の案内をしてくれたり、一緒にカフェや大学内で過ごしたり、休日は動物園やレストラン、遊園地などへ出かけてとても充実した日を共に過ごす事ができました。
また、寮で同部屋だったブラジル人はミナスジェライス州から来ていた子で、実家へ一緒に連れて行ってもらい、共にリオデジャネイロへ旅行するなど貴重な経験もしました。
ブラジル人と過ごしていく中で、数々の親切さを目の当たりにしました。風を引いてしまった時には授業の前に寮まで薬や食べ物を届けてくれたり、車で寮へ送ってくれたり、理解できないことは理解できるまで丁寧に教えてくれたりしていました。信じられないくらいの温かみを毎日のように感じていました。
私はブラジル人から受けた親切さを忘れずに生きていこうと思います。
地球の反対側には、人種、文化、住んでいる場所は違っていても、充分すぎるほどの親切さを与えてくれる人達がいます。
皆さんも新たな出会いを求めて、ブラジルへ旅立ってみませんか?
小学生の時にブラジルが紹介されていたテレビ番組を見て以来、ぼんやりと地球の反対側の世界ってどんな感じだろうかと思っていました。その疑問はずっと消えずブラジルに行ってみようと思い、今年度(2023年度)春学期に留学をする事ができました。
ただ、私が抱いていたイメージは良いものではなく、治安が悪くて危険な国でした。ところが、不安や恐怖を抱えながらブラジリア大学の近くにある日本語学校の寮で待っていたのは、ブラジル人からの温かい歓迎ぶりでした。夜遅く着いた日本人のために快く荷物運びや寮の説明、次の日にはスーパーやショッピングモールなどの案内をしてくれたのです。
さらに大学では同じ授業を受けていた人が授業の空き時間にブラジリアの観光地の案内をしてくれたり、一緒にカフェや大学内で過ごしたり、休日は動物園やレストラン、遊園地などへ出かけてとても充実した日を共に過ごす事ができました。
また、寮で同部屋だったブラジル人はミナスジェライス州から来ていた子で、実家へ一緒に連れて行ってもらい、共にリオデジャネイロへ旅行するなど貴重な経験もしました。
ブラジル人と過ごしていく中で、数々の親切さを目の当たりにしました。風を引いてしまった時には授業の前に寮まで薬や食べ物を届けてくれたり、車で寮へ送ってくれたり、理解できないことは理解できるまで丁寧に教えてくれたりしていました。信じられないくらいの温かみを毎日のように感じていました。
私はブラジル人から受けた親切さを忘れずに生きていこうと思います。
地球の反対側には、人種、文化、住んでいる場所は違っていても、充分すぎるほどの親切さを与えてくれる人達がいます。
皆さんも新たな出会いを求めて、ブラジルへ旅立ってみませんか?
2023/09/01 09:30:00 コインブラ大学留学体験記(小林龍生、4年次)
- 留学生活レポート
- 岐部雅之
こんにちは。4年次生の小林龍生です。
私は2022年の9月から2023年の6月までの2学期間、ポルトガルのコインブラ大学に留学しました。
留学の動機は幼い頃から抱いていたヨーロッパでの生活とフットボールへの憧れです。
1学期は文法、文章・口頭表現、Callを履修し、日本で学んできたことの復習とポルトガル語を扱ううえでの土台を作ることができました。
2学期は上記の科目に地理、歴史、芸術を加えて履修しました。
冬期休暇中には時間があったため、大学が開講している短期のインテンシブコースを別途授業料を支払い受講しました。
約9か月間途切れることなく授業を受け続けることができたため、語学力を順調に向上させられたと思っています。
私が所属していたのは外国人向けのポルトガル語コースだったため、ネイティブスピーカーは1人もクラスメイトにはいませんでした。留学においては一見ネガティブな材料とも捉えられますが、多国籍の生徒たちと交流する中で様々な国の言語や文化に触れることができ、自分にとっては寧ろ興味深い経験でした。またクラス外で現地の友人を作るのは自分次第で可能であるため問題にはなりません。
ポルトガルに留学することの最大のメリットは、ポルトガルのポルトガル語を学べる点です。あくまでも個人的な視点ですが、国内外問わず、非ネイティブが学ぶことができるポルトガル語はほとんどがブラジルのものです。留学することによって現地で受け継がれてきたポルトガルのポルトガル語を学ぶことができたのは私の誇りです。
コインブラの立地と国の面積が小さいことの恩恵を受けて、気軽に旅行することができました。海とご飯が私のお気に入りです。
まとまった休みには国外旅行もしました。スペインのいくつかの都市、パリ、ロンドンなどを訪れました。現地で外国語を使って、コミュニティに入っていくことが楽しかったです。
成功体験を得ることで言語学習に前向きに取り組めるようになり、さらに扱うことができる言語数を増やしたいと思うようになりました。
留学の実現に関わってくださった皆さんありがとうございました。
私は2022年の9月から2023年の6月までの2学期間、ポルトガルのコインブラ大学に留学しました。
留学の動機は幼い頃から抱いていたヨーロッパでの生活とフットボールへの憧れです。
1学期は文法、文章・口頭表現、Callを履修し、日本で学んできたことの復習とポルトガル語を扱ううえでの土台を作ることができました。
2学期は上記の科目に地理、歴史、芸術を加えて履修しました。
冬期休暇中には時間があったため、大学が開講している短期のインテンシブコースを別途授業料を支払い受講しました。
約9か月間途切れることなく授業を受け続けることができたため、語学力を順調に向上させられたと思っています。
私が所属していたのは外国人向けのポルトガル語コースだったため、ネイティブスピーカーは1人もクラスメイトにはいませんでした。留学においては一見ネガティブな材料とも捉えられますが、多国籍の生徒たちと交流する中で様々な国の言語や文化に触れることができ、自分にとっては寧ろ興味深い経験でした。またクラス外で現地の友人を作るのは自分次第で可能であるため問題にはなりません。
ポルトガルに留学することの最大のメリットは、ポルトガルのポルトガル語を学べる点です。あくまでも個人的な視点ですが、国内外問わず、非ネイティブが学ぶことができるポルトガル語はほとんどがブラジルのものです。留学することによって現地で受け継がれてきたポルトガルのポルトガル語を学ぶことができたのは私の誇りです。
コインブラの立地と国の面積が小さいことの恩恵を受けて、気軽に旅行することができました。海とご飯が私のお気に入りです。
まとまった休みには国外旅行もしました。スペインのいくつかの都市、パリ、ロンドンなどを訪れました。現地で外国語を使って、コミュニティに入っていくことが楽しかったです。
成功体験を得ることで言語学習に前向きに取り組めるようになり、さらに扱うことができる言語数を増やしたいと思うようになりました。
留学の実現に関わってくださった皆さんありがとうございました。
2023/08/25 15:00:00 ブラジリア大学留学体験記(山本音衣菜、3年次)
- 留学生活レポート
- フェリッペ・モッタ
こんにちは。ブラジルポルトガル語学科3年次生の山本音衣菜です。
この度、1学期間ブラジルのブラジリア大学に留学してきたので、体験談を綴ります。
留学しようと思った理由は、ブラジルに行かないと学べないことが沢山あると考えたからです。実際、文化の違いや話し言葉の言い回しなど、現地ならではの学びを得ました。
ブラジリアはブラジルの中でも治安がかなり良く、住みやすい所でした。寮では朝から晩までブラジル人と関わることが出来るし、定期的にシュラスコなどのパーティーが開催され、楽しく過ごせました。寮外でもよく、日本祭りを含む様々なイベントがあり、それらの運営に携わって充実していました。
大学ではポルトガル語、日本文化、中国語、手話の授業を受けていました。それぞれの授業で友達ができ、一緒に出かけたり旅行に行ったりなどしました。日本語学科もあるので、友達を作りやすかったです。また、日本語とポルトガル語の相互学習のためのプロジェクトを行ったり、日本語の授業のモニターとして会話活動を行ったりしました。
旅行は、リオ・デ・ジャネイロ、サルヴァドール、イグアス、サンパウロに行きました。特にサルヴァドールは、歴史的な街並みや素晴らしい景色が広がり、最高に素敵な場所でした。
正直、半年だけでは時間が全然足りませんでした。留学前よりは確実に語学力は伸びましたが、円滑に聞いたり話したりするにはもっと経験を積まないといけないと感じています。イベントや旅行に関しても、もうあと半年ブラジルにいれば経験できたことが2倍以上にあると思うので、少し惜しいと感じるところはあります。取り敢えず半年間で学んできたことをしっかり身につけて、また日本で勉強を続けていきたいと思います。
最後に、ブラジリアには何も無いと言われがちですが、そこに留学したことは大正解だったと思っています。上述した通り、留学においてとても良い環境が整っています。ブラジルに行きたいと考えている人は、是非ブラジリア大学への留学を検討してみてください。
この度、1学期間ブラジルのブラジリア大学に留学してきたので、体験談を綴ります。
留学しようと思った理由は、ブラジルに行かないと学べないことが沢山あると考えたからです。実際、文化の違いや話し言葉の言い回しなど、現地ならではの学びを得ました。
ブラジリアはブラジルの中でも治安がかなり良く、住みやすい所でした。寮では朝から晩までブラジル人と関わることが出来るし、定期的にシュラスコなどのパーティーが開催され、楽しく過ごせました。寮外でもよく、日本祭りを含む様々なイベントがあり、それらの運営に携わって充実していました。
大学ではポルトガル語、日本文化、中国語、手話の授業を受けていました。それぞれの授業で友達ができ、一緒に出かけたり旅行に行ったりなどしました。日本語学科もあるので、友達を作りやすかったです。また、日本語とポルトガル語の相互学習のためのプロジェクトを行ったり、日本語の授業のモニターとして会話活動を行ったりしました。
旅行は、リオ・デ・ジャネイロ、サルヴァドール、イグアス、サンパウロに行きました。特にサルヴァドールは、歴史的な街並みや素晴らしい景色が広がり、最高に素敵な場所でした。
正直、半年だけでは時間が全然足りませんでした。留学前よりは確実に語学力は伸びましたが、円滑に聞いたり話したりするにはもっと経験を積まないといけないと感じています。イベントや旅行に関しても、もうあと半年ブラジルにいれば経験できたことが2倍以上にあると思うので、少し惜しいと感じるところはあります。取り敢えず半年間で学んできたことをしっかり身につけて、また日本で勉強を続けていきたいと思います。
最後に、ブラジリアには何も無いと言われがちですが、そこに留学したことは大正解だったと思っています。上述した通り、留学においてとても良い環境が整っています。ブラジルに行きたいと考えている人は、是非ブラジリア大学への留学を検討してみてください。
2023/07/07 18:40:00 コインブラ大学留学体験記(山口心愛)
- 留学生活レポート
- 岐部雅之
皆さんこんにちは。ブラジルポルトガル語学科4年次生の山口心愛です。
今回は「私の留学経験」をテーマにお話ししていきたいと思います(留学時は3年次)。
まずは、私がなぜ留学に興味を持ち、留学をしたいと思ったのかについて。
私は大学に入る前から留学というものに興味があり、海外で生活してみたいと思っていました。ポルトガル語は大学に入学するまで一切触れたことがなく、挨拶も文字も何もわからないまま、馴染みがない言語を知ってみたいという好奇心だけで入学しました。そして、ポルトガル語を学んでいくうちに、実際にこの言葉が話されている土地で生活し、文化やその土地に住む人々のことを知りたくなり、留学することを決心しました。
次に、私が留学生活中に感じたことや思ったことについて。
私の留学生活が始まりまず初めに思ったことは、現地の人々が話していることが全く理解できない、わからないということです。あらかじめ、留学前に学習はしていたつもりだったのですが、大学の先生が話している言葉やすれ違う学生たちが話している言葉は、本当に勉強してきた言語なのか疑うほど何を言っているのかわかりませんでした。このままでは絶対にダメだという想いから、現地の友人をいち早く作ることに重きを置きました。そして、現地でできた友人とポルトガル語で話すことで会話力とリスニング力は格段と伸びました。わからないことなどは最初、翻訳機などを使う場面もありましたが、5ヶ月目には旅行も行けるほどの仲になることができました。自主学習をはじめとし、授業の復習などをしっかりと行なった結果、自分でも分かるくらい最初よりは自分の語学力が伸びていることを実感できました。
また、ポルトガルでは国内旅行を多くすることができました。ポルトやリスボンをはじめ、コインブラと比較的近いアヴェイロや、ブラガ、ギマランイスにもいくことができました。どの土地も違った良さがあるので、行ける時間があるなら自分がいきたい場所には行ってみることをお勧めします。わからないことがあれば、話す練習としていろんな人に話しかけていれば私はなんとかなりました。あくまでこれは私の個人の意見なのですが、現地の人は優しい方が多く、話しかけると笑顔で返してくれる方が多かったと感じています。
最後に、留学を終えた感想をお話します。
5ヶ月という期間は本当に短くあっというまでした。自分が考えたことはなるべく行動に移すことを心がけていました。自分がやりたいと思ったことは思うようにいかなくても、チャレンジするべきですし、今後の人生にもこの考えは必ず活きてくるはずです。これから、留学する方にもチャレンジ精神の大切さを伝えたいと同時に、留学を終えた後に留学してよかったと率直に思えるような経験をしてもらいたいと思っています。
今回は「私の留学経験」をテーマにお話ししていきたいと思います(留学時は3年次)。
まずは、私がなぜ留学に興味を持ち、留学をしたいと思ったのかについて。
私は大学に入る前から留学というものに興味があり、海外で生活してみたいと思っていました。ポルトガル語は大学に入学するまで一切触れたことがなく、挨拶も文字も何もわからないまま、馴染みがない言語を知ってみたいという好奇心だけで入学しました。そして、ポルトガル語を学んでいくうちに、実際にこの言葉が話されている土地で生活し、文化やその土地に住む人々のことを知りたくなり、留学することを決心しました。
次に、私が留学生活中に感じたことや思ったことについて。
私の留学生活が始まりまず初めに思ったことは、現地の人々が話していることが全く理解できない、わからないということです。あらかじめ、留学前に学習はしていたつもりだったのですが、大学の先生が話している言葉やすれ違う学生たちが話している言葉は、本当に勉強してきた言語なのか疑うほど何を言っているのかわかりませんでした。このままでは絶対にダメだという想いから、現地の友人をいち早く作ることに重きを置きました。そして、現地でできた友人とポルトガル語で話すことで会話力とリスニング力は格段と伸びました。わからないことなどは最初、翻訳機などを使う場面もありましたが、5ヶ月目には旅行も行けるほどの仲になることができました。自主学習をはじめとし、授業の復習などをしっかりと行なった結果、自分でも分かるくらい最初よりは自分の語学力が伸びていることを実感できました。
また、ポルトガルでは国内旅行を多くすることができました。ポルトやリスボンをはじめ、コインブラと比較的近いアヴェイロや、ブラガ、ギマランイスにもいくことができました。どの土地も違った良さがあるので、行ける時間があるなら自分がいきたい場所には行ってみることをお勧めします。わからないことがあれば、話す練習としていろんな人に話しかけていれば私はなんとかなりました。あくまでこれは私の個人の意見なのですが、現地の人は優しい方が多く、話しかけると笑顔で返してくれる方が多かったと感じています。
最後に、留学を終えた感想をお話します。
5ヶ月という期間は本当に短くあっというまでした。自分が考えたことはなるべく行動に移すことを心がけていました。自分がやりたいと思ったことは思うようにいかなくても、チャレンジするべきですし、今後の人生にもこの考えは必ず活きてくるはずです。これから、留学する方にもチャレンジ精神の大切さを伝えたいと同時に、留学を終えた後に留学してよかったと率直に思えるような経験をしてもらいたいと思っています。